前回は、真空の特徴と産業への応用、また、気体分子運動論を紹介しました。今回から2回にわたり、真空の作り方を解説します。今回取り上げるのは、圧力領域が10 5 ~10 -1 Paの、低・中真空領域です(10 5 は、通常の大気圧)。真空を作るには、真空ポンプを使って容器中のガスを減らします(真空排気)。低・中真空を作るには、主に気体輸送式真空ポンプを使用します。
第2回「低・中真空の作り方」を解説していきます。
第2回もくじ
1. 真空排気の基礎と真空ポンプ
真空を作るために、真空ポンプを使って容器中のガスを減らすことを、真空排気といいます。言い換えれば真空排気とは、容器から一定量の体積を切り取り容器外に移すことで、その体積中に含まれるガスを容器から取り除くプロセスです(図1)。この排気プロセスによって一定の時間に切り取られた体積Sを、排気速度と呼びます。排気速度Sはm 3 ・s -1 、L・s -1 、L・min -1 などの単位で表されます。
容積Vの真空容器を排気速度Sの真空ポンプで排気したとき、容器中の圧力は初期圧力p 0 として、p(t)=p 0 exp(-St⁄V)=p 0 exp(-t⁄τ) に従い、低下します。ここでτ=V⁄Sを排気の時定数といい、圧力がe -1 ≈1/2.7≈0.37倍になる時間を表します。容器内の圧力を早く下げ、真空排気に費やす時間を短くするには、排気の時定数τを小さくします。すなわち、排気速度Sの大きい真空ポンプを使用する必要があります。
図2は容積1m 3 の真空容器を、排気速度が異なる2種類の真空ポンプで排気した際の容器内の圧力変化です。真空ポンプの排気速度は200L・min -1 、または排気速度400L・min -1 です。図2が示すような圧力の時間変化を排気曲線といい、排気速度の大きいポンプの方が圧力の低下が速いことが分かります。もちろん排気速度の大きいポンプは、大型でコストも増加するため、許容できる排気時間とコストのバランスを検討することが重要です。
真空ポンプの種類には、真空容器からガスを大気に追い出す気体輸送式ポンプと、ガスをポンプ内部に溜め込む気体溜め込み式ポンプがあります。気体溜め込み式ポンプは、高真空・超高真空領域で用いられます。低・中真空領域に用いられるのは、気体輸送式ポンプです。
気体輸送式ポンプにもポンプの方式によりさまざまな種類があります。大別すると、容積に含まれるガスを隔離して圧縮し、大気に放出する容積移送式ポンプと、ガスに一方向の運動量を与えて大気に押し出す運動量輸送式ポンプです。表1は主な気体輸送式ポンプの種類と、作動圧力範囲です。これらのポンプには大気圧から使用できるポンプ(油回転ポンプ、スクロールポンプなど)と、大気圧から使用できないポンプ(ルーツポンプ、油拡散エジェクタポンプ、ターボ分子ポンプなど)があります。大気圧から使用できない場合、補助ポンプを必要とします。
2. 容量移送式の真空ポンプ
よく使われる真空ポンプに、回転翼形油回転ポンプがあります(図3)。図3の回転翼形油回転ポンプは、左側がポンプ本体、右側がモータです。ギヤやベルトを用いず、モータ軸で直接ポンプ軸を駆動するため、コンパクトなのが特徴です。
ポンプ内部のポンプ軸にはシリンダが取り付けられています。シリンダの両側にはベーンと呼ばれる板(回転翼)がはめ込まれ、ベーンはばねによってポンプケースに押し当てられています。なお、気密を保つため、ポンプ全体が油槽に浸っています(図4)。
ポンプ内のシリンダが回転すると、2枚のベーンの間の空間が吸気口と接続され、回転とともに体積が増加しガスが流入します。シリンダがさらに回転すると、次のベーンでガスが隔離、圧縮され、大気側と接続して排出されます。ポンプ室内やベーンの周りには油の膜があり、吸入した空気を密閉すると同時にベーンなどが摩耗するのを防ぎます。通常、到達圧力を下げるために、このようなポンプを2段直列にして用います。
図5は油回転ポンプの圧力による排気速度の変化の例です。1,000Pa以上における排気速度は、ポンプの回転速度で決まり、一定を保ちます。しかし、圧力が下がるにつれ排気速度は徐々に低下し、約0.7Paで排気速度はゼロになります。この圧力が油回転ポンプの使用限界といえます。これを到達圧力といいます。このように低圧側で油回転ポンプの排気速度が小さくなる現象は、排気口側で油の中にガスが溶解し、その油がポンプ内部を巡回し吸入口側で再放出するために生じます。
回転翼形の油回転ポンプは、中・小型の真空ポンプとして多方面で用いられているものの、構造上1段式では750m 3 ・h -1 、2段式では350m 3 ・h -1 が限界です。それより大きい排気速度が必要な場合は、カム形や振動ピストン形(キニー)油回転ポンプが用いられます。
油回転ポンプには長い歴史があり、高い信頼性を持つ優れたポンプです。しかし、排気に伴い油ミストが大気中に放出されたり、圧力が下がると真空側にも油ミストが拡散するなどの欠点があります。また、真空排気を続けていると油が劣化するため定期的な油の交換が必要となり、廃油の処理コストが大きくなります。このような理由から油を使わない真空ポンプ、すなわちドライ真空ポンプが開発されました。ドライ真空ポンプにもさまざまな方式があります。ここでは多段ルーツ真空ポンプを紹介します(図6)。
多段ルーツ真空ポンプは、まゆ型の断面をした1対のローターが高速で回転し、吸気口のガスを排気口に押しやることでガスを排気します。まゆ型のローターには2葉のものと、3葉のものがあります。2つのローターはタイミングギヤで同期して、それぞれ逆方向に回転します(図7)。
ローター間、およびローターとポンプケースの隙間はできるだけ小さい方が良いです。ただし、ポンプの作動に伴いローターの温度が上がり、熱膨張してかみ合うことがないように、わずかに隙間があります。このようなルーツポンプは、1段では圧力差が大きく取れないことから、従来油回転ポンプの排気速度を上げるためのメカニカルブースターポンプとして用いられてきました。しかし近年、ルーツポンプを多段構造にすることで、大気圧から約1Paまでのオイルフリーな真空が得られる優れた真空ポンプとして普及しています。また、ポンプを駆動するモータをインバータ制御することで消費電力を削減するなど、省エネへの取り組みも行われています。
3. 運動量輸送式の真空ポンプ
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 真空とは?
- 第2回 低・中真空の作り方
- 第3回 高真空・超高真空の作り方
- 第4回 真空の測定方法
- 第5回 真空用材料と部品
- 第6回 真空機器の取り扱い・保守