撹拌装置のスケールアップ|撹拌の基礎知識5

撹拌の基礎知識

著者:東洋大学 理工学部 応用化学科 名誉教授 川瀬 義矩

前回は、撹拌装置の設計手順と、設計時に留意すべきことを説明しました。今回は、撹拌装置のスケールアップについて解説します。スケールアップとは、プロセスの開発において、実験室規模の小さいスケールで達成された状態を、工業化プラントの大きなスケールでも達成できるようにすることです。ただし、考え方としては外挿(既知の数値データを基に、その範囲外で予測される数値を求めること)なので、相似的にサイズを大きくしたからといって、実験室規模のスケールで得られた結果と同じ結果が得られるとは限りません。そこに難しさがあります。本稿では、スケールアップの手法、および流動解析を使ったスケールアップを紹介します。

第5回「撹拌装置のスケールアップ」を解説していきます。

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1. スケールアップの基準

スケールアップとは、実験室規模の実験で成功したプロセスを工業化するに当たり、実験室規模の装置を工業生産規模の装置にスケールを大きくすることです(図1)。

撹拌槽のスケールアップの概念
図1:撹拌槽のスケールアップの概念

撹拌槽のスケールアップの概念は次のようになります。

・実験室規模
ラボスケールの実験(実際の温度、圧力における実験)で、基礎的速度論データ(反応速度や物質移動速度、熱生成速度)を収集します。

・コールドモデル
コールドモデル(実際の高温や高圧ではなく、常温常圧で装置内部の現象が可視できる実験装置)で撹拌槽内の流動実験を行い、流動解析のバリデーション(科学的根拠、妥当性があるかどうかの検証)を行います。

・工業化装置
実験段階で得られたデータからベンチプラントやパイロットプラントを作り、それらの小型プラントのデータと流動解析の結果を使って工業化装置にスケールアップします。

サイズを相似的に大きくしただけではスケールアップは成功しません。表1に80Lから10m 3 へのスケールアップで、単位液体積当たりの撹拌所要動力P v 、撹拌速度N、撹拌翼先端速度ND、およびレイノルズ数Reをそれぞれ等しくなるようにスケールアップしたときの、他の重要なパラメータの値がどのように変化するかを示します。

80Lから10m<sup>3</sup>へのスケールアップ(槽径5倍のスケールアップ)の計算(参考:S.Y.Oldshue、Biotechnol 、Bioeng、8、3、1966、川瀬義矩、生物反応工学の基礎、化学工業社、1993をもとに作成)
表1:80Lから10m 3 へのスケールアップ(槽径5倍のスケールアップ)の計算(参考:S.Y.Oldshue、Biotechnol 、Bioeng、8、3、1966、川瀬義矩、生物反応工学の基礎、化学工業社、1993をもとに作成)

例えば、撹拌速度Nを同じにした場合は、撹拌所要動力P は3,125倍にもなることが分かります。そのように大きな撹拌所要動力で撹拌翼を回転させることが、経済的に可能なのでしょうか? また、果たしてその大きな撹拌動力が必要なのでしょうか? 装置のサイズを大きくした場合、どの因子に着目して、どのように撹拌翼の撹拌速度を決めればよいのでしょうか?

成功した実験室規模における全ての条件を満足する工業生産規模へのスケールアップは難しいため、撹拌の最も重要な目的(因子)を満足させることに注目をしてスケールアップを行います。ただし、他の因子が不適切な値になっていないかを確認する必要があります。一般には、撹拌による混合の諸因子が、単位液体積当たりの撹拌所要動力P v (=P/V)の影響を受けるので、P v を一定にするようにスケールアップします。ただし、好気培養装置の場合、増殖する微生物が必要とする酸素を確実に供給する必要があり、重要なパラメータである酸素の供給速度が同じになるようにスケールアップを考えることもあります(表2)。

バイオリアクター(好気培養)のスケールアップにおける基準パラメータ
表2:バイオリアクター(好気培養)のスケールアップにおける基準パラメータ

好気培養では微生物への酸素供給が重要であるため、酸素移動速度のパラメータである酸素移動容量係数k L aと溶存酸素濃度pO 2 がスケールアップの基準パラメータとなります。撹拌翼先端速度V tip =NDは、細胞壁がない動物細胞の培養などで剪(せん)断力の制限がある場合にスケールアップの基準パラメータとなります。

相似性を保ってスケールアップを行うといっても、何の相似性かが問題です。一般的に考えられる相似性を、表3にまとめました。

スケールアップにおける3つの相似性
表3:スケールアップにおける3つの相似性

一般にスケールアップは、幾何学的相似(撹拌装置の構造と配置の寸法の比が全て相似)と、単位液体積当たりの撹拌所要動力P v を一定にする基準で行います。P v が同じであれば、巨視的には(あるいは平均的に)幾何学的相似になっている撹拌槽内は、同じ混合状態になっていると考えられるからです。

2. 装置の幾何学的相似

幾何学的相似であり、単位液体積当たりの撹拌所要動力が等しければ、巨視的に撹拌槽内の混合は等価であると考えられます。もちろん、局所的には混合状態が等価と考えられない場合も多々あります。そのような状況は、例えば、既存の装置を使わなければならないために幾何学的相似がない場合や、同じ撹拌翼を使ったとしても撹拌翼と槽底あるいは槽壁との相対的な位置関係が変わってしまい、混合状態が大きく異なる場合などに起こります。スケールアップが期待どおりにいかない場合は、スケールダウンをして、生産規模でうまくいっていない撹拌装置と幾何学的相似の小さな実験装置でデータを取り、なぜスケールアップが失敗したのか原因を究明する必要があります(第6回で解説します)。

図2に、幾何学的相似であり単位液体積当たりの撹拌所要動力P v を一定にする基準でスケールアップした場合の、他の因子(撹拌速度N、動力P、翼先端速度v tip 、液循環速度Q/V、撹拌レイノルズ数Re、気液間物質移動容量係数k L a、混合時間t M 、熱移動係数h、フルード数Fr)の変化を示します。

スケールアップダイアグラム(幾何学的相似であり、Pvを一定に保つようにスケールアップした場合。表1と同様に、流動状態は乱流)
図2:スケールアップダイアグラム(幾何学的相似であり、Pvを一定に保つようにスケールアップした場合。表1と同様に、流動状態は乱流)

図2は、撹拌槽内の流動が乱流域である場合についての代表的な相関式の関数形を使って計算されています。関数形を以下に示します。

1:体積比 V 2 /V 1 =a 3 (D 2 /D 1 =a(撹拌槽径および撹拌翼径の倍率))
単位液体積当たりの撹拌所要動力はP 0 /V∝N 3 D 2 の関係

2:(P 0 /V) 2 /(P 0 /V) 1 =(N 2 3 D 2 2 )/(N 1 3 D 1 2 )=(N 2 N 1 ) 3 (D 2 D 1 ) 2 =1
→撹拌速度比 (N 2 /N 1 )=(D 2 /D 1 ) -2/3 =a -2/3

3:撹拌所要動力比 P 02 /P 01 =N 2 3 D 2 5 /N 1 3 D 1 5 =a -2 a 5 =a 3

4:撹拌翼先端速度 v tip ∝ND→v tip2 /v tip1 =N 2 D 2 /N 1 D 1 =a -2/3 a=a 1/3

5:液循環速度 F/V∝N→(F 2 /V 2 )/(F 1 /V 1 )=N 2 /N 1 =a -2/3

6:撹拌レイノルズ数比 Re 2 /Re 1 =N 2 D 2 2 /N 1 D 1 2 =a -2/3 a 2 =a 4/3

7:物質移動容量係数 k L a∝(P 0 /V) a →(k L a) 2 /(k L a) 1 =1

8:混合時間 t M ∝N -1 →t M2 /t M1 =(1/N 2 )/(1/N 1 )=N 1 /N 2 =a 2/3

9:熱移動係数 h∝N 2/3 D 1/3 →h 2 /h 1 =(N 2 2/3 D 2 1/3 )/(N 1 2/3 D 1 1/3 )=a -4/9 a 1/3 =a -1/9

10:フルード数 Fr∝N 2 D→Fr 2 /Fr 1 =(N 2 2 D 2 )/(N 1 2 D 1 )=a -4/3 a=a- -1/3

例えば翼径D(槽径T)が100倍になった場合、混合時間t M は20倍になる一方、液循環速度Q/V(次元は1/sであり、単位時間に液体積の何倍を循環するかを表す値)は約1/25になります。

3. 流動解析の利用

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全6回で下記の内容を解説しています。

  • 第1回 撹拌装置の基本構成
  • 第2回 撹拌翼の選定
  • 第3回 撹拌に必要な動力
  • 第4回 撹拌装置の設計
  • 第5回 撹拌装置のスケールアップ
  • 第6回 撹拌操作におけるトラブルと解決法

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