前回は、地盤工学について、その基礎となる考え方を解説しました。今回は、その地盤工学がどのように始まり、どのような変遷をたどって現在に至っているか、その歴史を紹介していきます。
第2回「地盤工学の歴史」を解説していきます。
第2回もくじ
1. 城塞の建設から始まった地盤工学
"地盤工学は、図1 に示すように、さまざまな力学や知識から構成されています。基本とする力学は、土質力学です。
ちなみに、現在の土質力学の教科書における項目は、図2のようになっています。
地球上の全ての構造物は、地盤の上か地中に造られます。また、堤防やため池などは、土を締め固めて造ります。従って、これらを造るときに地盤をどのように扱うかは太古の昔から重要な課題で、さまざまな工夫がされてきました。例えば、建物を建てるときに柱を直接地面の上に置くと沈下してしまうので、その間に礎石(そせき)を置くことが昔から行われてきました(図3)。また、洪水を防ぐために土を盛って土手を築いた場合、土が締まっていないと大雨の時に崩れてしまうため、桜を植えることで花見客に土手を歩かせ、締め固めたという話が伝わっています。
・クーロンの築城から発展した土質力学
上述の工夫などに対し、理論としての土質力学が考案され始めたのは、18世紀頃からとされています。その先駆者は、フランスの物理学者として有名なC.A.Coulomb(クーロン)です。当時、フランスはイギリスと戦っていました。占領されていたマルチニク島が返還された時、再構築のための築城工事をクーロンが担当しています。彼は、この時の経験から土圧や摩擦に関する論文を発表しました。これらを現在の学生に話している方法で説明すると、図4~6となります。
地盤を構成する土は土粒子と間隙(かんげき)からなります(第1 回、図5)。土粒子は岩を砕いたような物なので、周囲から等方的に圧力(拘束圧)を加えても土粒子は壊れにくく、拘束圧を粒子間の力で支えて土は破壊しません。逆に、等方的に引張り力を与えると粒子は離れて、引張り強度はゼロに近い値になります。
これに対し、図4 のように一定の直応力を与えてせん断変形させるためには、せん断応力τ(タウ)を増加させていかなくてはなりません。そして、ある値になると粒子同士がすべるようになり、せん断応力がピーク値となります(図5の左)。これがせん断強度τ f で、地盤のせん断変形が進み、せん断強度に達したときに地盤の破壊が発生します。そして、直応力の大きさに比例してせん断強度も大きくなるので、図5 の右のように破壊線が通常右上がりの直線になります。この切片を粘着力c、傾きをせん断抵抗角Φと定義し、両者を併せてせん断強度定数と呼んでいます。これらは、後述するように、現在でも設計上最も大切なパラメータとなっています。
クーロンはこの考え方を用い、1773 年、図6 に示すような方法で擁壁(ようへき)に加わる土圧を求める方法を考え出しました。まず、擁壁の背後に直線状のすべり面を仮定し、土塊(どかい)の自重Wですべり落ちようとする力を、擁壁からの反力Pと背後の地盤からの反力Rで支えると考えました。そして、すべり面の傾きβを変えていって、最大になるPを土圧と考えました。
土圧の求め方に関しては、その後の1857年に、イギリスの機械技師であり土木工学の分野でも貢献した、W.J.M.Rankine(ランキン)が別の考え方による方法を発表しました。この方法では、単純な条件の場合にはクーロンの土圧論で求めた土圧と一致するものの、複雑な条件の場合には異なってきます。また、適用性に一長一短があるため、現在では場合に応じて両者を使い分け、擁壁や岸壁などを設計しています。
・工業用水の需要から地盤工学の体系化へ
地盤工学で扱う分野は多種多様であり、設計に必要な値も異なります。フランスにおいては、1845 年頃から工業が急激に発達して工業用水の需要が増したため、井戸の削井(さくせい)が盛んに行われるようになりました。そこで地下水に関する研究も行われるようになり、1856 年にはフランスの技術者であるH.P.G.Darcy(ダルシー)によって、地盤内の水の流れに関する論文が出されました。
ダルシーの法則と呼ばれている式を現在の表現方法で表すと、流速vは動水勾配i に関係し、v=kiと表されます。ここにあるk は透水係数で、砂で10 -4 m/s、粘性土で10 -10 m/s 程度と、土粒子の大きさによって極端に異なる値です。この考え方は現在、井戸だけでなくフィルダム(コンクリートを主体とするコンクリートダムとは異なり、天然の土砂や岩石を盛り立てて築いたダム)の浸透流の検討などでも広く使われています。なお、前回述べた粘性土地盤で圧密が長時間続くのは、透水係数が上記のように非常に小さいため、間隙内の水が絞り出されるのに長時間かかるからです。
フィルダムや堤防、道路・鉄道盛土では、高く盛ったり緩く盛ったりするとすべり破壊を起こします。このような盛土のすべり破壊に関しては、1916 年頃のスウェーデンでW.Fellenius(フェレニウス)らによって多くの研究が行われ、設計方法が提案されました。これは図7に示すように、すべり面を円弧と仮定し、すべる土塊を分割して、すべりに対抗するモーメントΣM Ri とすべらそうとするモーメントΣM Si との比から、すべりに対する安全率F S を求める方法です。
この他にも、スウェーデン人のA.M.Atterberg(アッターベルグ)による土の分類に関する研究、アメリカの工学者R.R.Procto(r プロクター)による土の締固めに関する研究など、19世紀から20世紀にかけていくつかの重要な研究が行われてきました。そして、土質力学の父と呼ばれるK.Terzagh(i テルツァーギ)によって、地盤工学にとって最も重要な原理である有効応力に関する理論が出されると同時に、地盤工学が体系化されました。
テルツァーギはオーストリアで生まれ、ヨーロッパやアメリカで多くの建設現場を経験し、アメリカやイスタンブールでは教職も務めました。そして、1925年に土質力学の図書(Erdbaumechanik)を出版しました。有効応力の考え方は、地盤工学独特のものです。前回の図5に示したように、地表近くでは間隙に水がないので、図4のように単に土粒子が重なりあっている状況を考えます。しかし、地下水位以下の深さで、間隙が地下水で満たされている場合には問題が複雑になります。
地下水位以下の土の断面を、図8のように想定してみます。この深さより上の土や構造物の重さを面積で除した(割った)値を全応力σと呼び、この応力が土に加わっています。これを、土粒子で形成されている骨格構造の土粒子間の力と、間隙水圧uで支えることになります。
図4 の、せん断強度に影響を与える直応力は土粒子間力であるので、これを有効応力σ'と称します。例えば、後述する地震時の液状化により、骨格構造が壊れて土粒子がバラバラになった場合には、全応力を全て間隙水圧で支えないといけなくなり、過剰な水圧が発生します。このように、土の強度などを支配する有効応力に関する重要な考え方は、テルツァーギによって考案されたのです。また、前回で述べた圧密沈下に関しても、過剰間隙水圧や沈下量の時間変化を求める理論式を導き出しました。
2. 地盤工学の確立は戦後
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 地盤工学とは
- 第2回 地盤工学の歴史
- 第3回 地盤工学のメリット
- 第4回 構造物を建設する際の地盤工学の社会的役割
- 第5回 地震防災における社会的役割
- 第6回 降雨災害の防止における社会的役割