電力事業の歴史とグリッドの関係|スマートグリッドの基礎知識2

スマートグリッドの基礎知識

著者:YSエネルギー・リサーチ 代表 山藤 泰

前回は、グリッドとその制御を説明しました。電力事業は1883年、アメリカの発明家であるトーマス・エジソンが、世界の大都市における照明用として始めました。当時の電力は直流でした。その後、セルビアの発明家であるニコラ・テスラが交流発電機を発明し、1887年にテスラ電灯を創業してからは、交流電力の供給が電力事業の標準となりました。今回は、グリッド制御が必要とされるに至る、電力事業の歴史について解説します(電力事業には、国営、公営、民営、協同組合営など、さまざまな運用形態があるため、本連載では電力会社という表現はとっていません)。

第2回「電力事業の歴史とグリッドの関係」を解説していきます。

基礎知識DL

1. 電力事業の黎明期

19世紀の半ば頃まで、照明はガス灯でした。直流発電機が発明されてからは、アーク放電による照明、続いて白熱電球での照明が普及しました。白熱電球の原理を発明したのはイングランドの物理学者であり化学者であるジョセフ・スワンで、それを耐久性のある実用的なものにしたのが、トーマス・エジソンです。エジソンは1883年、照明を主体とした電力事業を、ニューヨークのウォール街にあるパールストリートで開始しました(図1)。さらに、間を置かずにロンドン、パリなど世界の大都市で始まった、電力事業の創業に関わっています。日本では1887年、東京電灯が電力事業を始めました。

パールストリートの発電設備
図1:パールストリートの発電設備

この時、白熱電球と電動機に供給された電力は、110Vの直流でした。当時、直流電力の電圧を上げる技術はまだ開発されておらず、送電距離が離れると電圧が低下していました。このため、発電所から1km程の距離しか送電できず、遠方に大きな需要がある時には、新たに発電所を作らなくてはなりませんでした。発電所の燃料は主として石炭だったため、発電所が多い都心部では大気汚染がひどくなったといわれています。

その後、エジソンの研究所員であったニコラ・テスラが交流発電機を発明し、続いて交流電力を昇圧・降圧する変圧器が開発されたのを機に、アメリカの技術者であり実業家の、ジョージ・ウエスティングハウスが交流機器製造を事業化しました。当時、直流と交流のどちらが良いか、大議論が行われました。結果として、昇圧して遠距離まで送電でき、現地で使用電圧に降圧できる交流が主流になったのです。

送配電網は、都会から拡充されましたが、人口の少ない地方には、電力事業はあまり進展しませんでした。そこで1936年、アメリカのルーズベルト大統領は、景気振興策に向けたニューディール政策の一環として、農村電化法(Rural Electrification Act)を成立させました。これによって、送配電網はアメリカ全土に拡大したのです。その多くは、地域単位にできた協同組合方式の電力事業で、大部分が現存しています。同様に、アメリカ以外の国でも、送配電網は都市部から農村部へと広がっていきました。ここで供給される電力の周波数は、アメリカが60Hz(ヘルツ)、ヨーロッパやその植民地などでは50Hzになりました。日本では、供給する電力を直流から交流に変える際に導入した発電機を、東京電灯はドイツから、大阪電灯はアメリカから輸入しました。このとき、両電力会社の力がきっ抗していたため、規格の統一ができず、東日本が50Hz、西日本が60Hzに分割される(東京電力と中部電力が境目)という、世界でも珍しい形になっています。そのため現在でも、日本列島全体で電力を自由に移動させることができません。東京電力と中部電力の間に設置された周波数変換所(交流50Hz<―直流―>交流60Hz)の能力(現在120 万kW・増強を検討中)が、障壁になっているのです。

電力事業は、世界的に規模を拡大してきました。その過程では激烈な競争があり、同じ道路に違う電力会社の電線が設置されるといった事態になりました。そこで生じる社会的損失を防ぐため、電力事業は地域独占を認められるようになりました。そして、独占による弊害を防ぐために、公的機関による料金規制などが行われるようになったのです。これは、20世紀後半に始まった電力市場の自由化まで続くことになります。規制があるとはいえ、電力市場を独占できた電力事業は、発電所、送配電線、変電所などを全て所有し、消費者への電力供給に専念することになります。過去のデータを生かせば、電力の需要予測は難しいことではなく、系統の周波数が一定の範囲を逸脱しないように発電所の出力制御をするだけで、安定的な供給ができたのです。

さらに、発電コストを下げるため、発電設備の規模が大きくなりました。そうすると、制御管理する設備の数も減るため、大きな規模の利益を確保できます。設備規模の大きな石炭火力、石油・ガス火力、水力発電などでは、系統制御は自社保有の設備に対して行うだけで十分な上、電力を利用する消費者も、電力の品質について高い要求はしていませんでした。

2. 分散型電源(再生可能エネルギーも含む)の登場

20世紀の中頃から、自家発電が工場などに導入されるようになりました。水力発電や、石炭、石油、天然ガスを燃料にしたエンジン、タービンなどによる発電を、自社設備の電源として利用したのです。これに続いて、天然ガス燃料電池も実用化されました。電力事業は当初、このような自家発電設備を自社の送電系統に接続することを認めませんでした。自家発電設備からの電力は、電力事業が直接制御できません。こうした電力が自社の系統に流れると、電力供給の制御に支障が起こり、系統の安定性を損なってしまうからです。しかし、工場などからの要望が強まったことで、電力事業は送電線への自家発電設備の接続を認めるようになりました。それでも、自家発電の電力が系統に逆流することは、頑として拒絶していました。自由に制御できない発電設備からの電力が、自社系統に流れるのを恐れたのです。

このように、電力事業以外の事業者が保有する小規模な発電設備の数が増えると、電力事業は実際の電力需要を把握しにくくなります。電力事業者から見た電力需要は、自家発電からの電力相当分だけ、見かけ上少なくなります。また、その発電量の増減は、電力事業が予測する電力需要の変動にも影響してきます。電力事業は、事業者の保有する自家発電設備の稼働状況を、必要に応じて把握する必要が大きくなったのです。

また、この頃に登場した風力発電や太陽光発電に対しても、電力事業は送配電系統に接続することを、当初認めませんでした。しかし、一部の設備をひそかに系統へ接続したり、研究機関の実験データを集約し、送電系統に致命的な支障を与えないという事実を規制当局に示すことによって、最終的に接続は認められました。それでも電力事業は、天候によって出力が変動する発電設備の導入は、系統制御が難しくなるとして、歓迎はしなかったのです。

3. コージェネレーション(熱電併給)の登場

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全7回で下記の内容を解説しています。

  • 第1回 グリッドとその制御
  • 第2回 電力事業の歴史とグリッドの関係
  • 第3回 送電系統(グリッド)の広域化
  • 第4回 電力事業が直接制御できない発電設備が増加
  • 第5回 スマートメーターがグリッド制御の要に
  • 第6回 マイクログリッドとVPP
  • 第7回 スマートグリッドの今後

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