前回は、固体の相の温度や組成による変化を紹介しました。今回は、金属における拡散を取り上げます。拡散に関する知識は、金属材料の内部で起こる変化を理解するのに必要不可欠です。時効析出、析出物の粗大化、酸化、回復再結晶、粒成長、クリープといったさまざまな過程は、全て拡散によって律速されています。従って、金属材料を製造、および使用する場合にも、拡散の知識は欠かせません。特に、高機能性やナノスケール加工を必要とする先端技術材料の分野では、拡散の現象論だけではなく、その原子的機構をも理解する必要があります。
1. 拡散の現象論
コップの水に垂らした1 滴のインクは水をかき混ぜなくても広がって全体を淡く色付けます。これは水の中でインクの分子の拡散が起こっているためです。気体や液体に比べて固体中の原子の動きは遅いものの、原子の拡散は進行しています。また、高温になるほど拡散は起こりやすくなります。図1に、純Feと炭素を含むFeの棒を接合し、高温に保持した場合の濃度分布の時間変化を示します。長時間が経過すると炭素が拡散し、炭素濃度は均一になります。初期(t=0)と無限時間(t=∞)の中間の時間では、破線で示したような分布になります。
溶質原子の流れJ は濃度勾配に比例するので、以下の式で表すことができます。
ここで、Jは溶質原子の流速(単位時間当たりの単位面積を通過する粒子数)あるいはモル数であり、単位はmol/m 2 sです。Dは拡散係数と呼ばれ、単位はm 2 s -1 と示されます。cは単位体積に含まれる溶質原子の量でモル濃度molm -3 です。この式はフィックの第1法則と呼ばれています。フィックの法則とは、拡散による濃度変化を表す法則で、第1法則の他、第2法則があります。
次に、小体積中への溶質の出入りを考えてみましょう(図2)。
図2 に示すように、時間Δt の間に、x ~ x+Δx の領域に流入する単位面積当たりの溶質の量は[J(x)-J(x+Δx)]Δt です。これがその間の溶質濃度の増加Δcとなるため、以下の式が成り立ちます。
これに先の式を代入すると、以下に示す式となります(拡散方程式)。
さらに、D がx に依存しない場合には、以下のように表すことができ、この式はフィックの第2 法則と呼ばれています。
拡散方程式に初期条件、および境界条件を設定して方程式を解くと、拡散濃度分布を求めることができます。その一例として、無限に長い棒(x=±∞)の1カ所(x=0)に時刻t=0で全量M(単位面積当たり)の溶質を置いたときの濃度分布は、以下に示す正規分布の形となります。
この式が、拡散方程式と、以下の濃度保存の式を満たしています。
時間がたつにつれて、濃度分布は拡散によって広がっていきます(図3)。時間t経過後の試料中の深さ方向の濃度分布を測定することで、濃度保存の式に基づいて拡散係数を求めることができます。
2. さまざまな拡散機構
規則正しく原子が配列した結晶中で、原子の移動はどのように起こるのでしょうか? 図4 に、これまでに提案された拡散機構の模式図を示します。
1:直接交換機構
直接交換機構は、隣接する原子と位置を交換する機構です。
2:リング機構
直接交換機構は、隣接する原子と位置を交換する機構です。
直接交換機構やリング機構では、位置交換に大きなエネルギーを必要とするので、実際は起こり難いとされています。
3:空孔機構
空孔機構は、最も重要と考えられる機構です。結晶を構成している原子の移動(自己拡散)と、置換型溶質原子の移動は、空孔との位置交換によって起こります。温度が高くなると空孔の量が増え、空孔対や3個の空孔集合体なども拡散に寄与します。
4:格子間機構
格子間機構は、格子間位置を占める原子が隣の格子間位置へとジャンプする機構です。正規の格子点にある原子を格子間位置に移すエネルギーは非常に大きく、また、格子間原子の熱平衡濃度は非常に小さいため、熱平衡状態での拡散に関して、この機構は、実際上、無視することができます。しかし、低い温度で塑性変形した金属、あるいは粒子線で照射した金属中には、かなりの量の格子間原子が存在し、この機構、あるいは次に示す準格子間機構による原子移動が起こっています。
5:準格子間機構
準格子間機構は、格子間原子が隣の原子を隣の格子間位置に押し出す機構です。イオン結晶AgBr におけるAg イオンの拡散、シリコンにおける自己拡散、ある種の溶質原子の拡散においては、準格子間機構が働いていると考えられています。
6:クラウディオン
クラウディオンは、格子間原子が特定の結晶方向に連なり、数個の原子が緩和されて原子列方向に移動すると考えられています。
7:純格子間機構
純格子間機構は、H、C、N、Oのように原子半径の小さい軽元素が、格子間位置を次々に移動する機構です。侵入型不純物原子などの小さい原子が金属中に固溶すると、格子間位置を占めます。軽元素原子は原子サイズが小さいため、隣接する格子間位置への移動が容易に起こります。
3. 原子のジャンプ頻度と拡散係数
4. 短回路拡散
5. 金属中の拡散係数の温度依存性
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 金属の結晶構造
- 第2回 金属合金の凝固組織と状態図
- 第3回 金属における拡散
- 第4回 金属における拡散と金属の機械的性質
- 第5回 鉄鋼の強化法
- 第6回 軽金属合金の強化法