前回は、鉄鋼の代表的な熱処理法である「焼なまし」と「焼ならし」について解説しました。今回取り上げるのは、機械構造用鋼の「焼入れ」と「焼戻し」です。
機械構造用鋼は、一般機械、産業用機械、輸送用機械などのボルトやシャフト、歯車といった構造用部品に用いられます。これらの部品を製造する場合、切削加工や塑性加工などによって個々の部品形状にした後、焼入れと焼戻しを主とした熱処理を施します。これにより、機械構造用鋼に引張強さやじん性などの機械的性質が付与されます。このように、焼入れ・焼戻しは、機械構造用鋼に求められる機械的性質を調整するために行われます。機械構造用鋼の焼入れ・焼戻しは「調質」と呼ばれます。
第4回「機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し」を解説していきます。
1. 焼入れ・焼戻しした機械構造用鋼の機械的性質
機械構造用炭素鋼と機械構造用合金鋼の焼入れ・焼戻し後の硬さおよび機械的性質の参考データを示します(表1)。いずれのデータも、新JISでは取り上げられていないため、旧JIS の解説書から引用しています。直径25mm の試験片を焼入れ・焼戻しした場合の測定値です。なお引張試験片は4 号試験片によって、シャルピー試験はU ノッチ試験片によって測定しています。
炭素鋼の硬さ、引張強さおよび降伏点は、炭素量が多いものほど高い値を示しています。逆に炭素量が少ないものほど、伸び、絞りおよび衝撃値は高い値が得られ、延性やじん性では有利であることが分かります。さらに炭素鋼と合金鋼との間には、機械的性質の差が歴然と認められます。合金鋼は、硬さでは炭素鋼とほぼ同じか、やや上回る程度ですが、延性やじん性においては圧倒的に有利です。
合金鋼に含まれる合金元素の種類も、機械的性質に影響を及ぼします。例えば、強靭性が要求される機械構造用部品で広く用いられるSCM440とSNCM439(共に「高張力鋼」に分類される)の機械的性質を見てみましょう。この2 種類の鋼種に対し、ほぼ同一の条件で焼入れ・焼戻しを施した場合、得られる硬さと引張強さは同程度です。しかし、伸びや衝撃値はSNCM439 のほうが高い値を示し、強じん性においては、SNCM439 はSCM440 よりも有利であることが分かります。これはSNCM439に含まれる合金元素ニッケルNiの効果です。強度だけでなく、じん性も重視するのであれば、SNCM439 は機械構造用合金鋼の中で最善の鋼種といえます。
2. 焼入れ・焼戻しで得られる金属組織
機械構造用鋼の特性を最大限引き出すには、焼入れによって金属組織を完全にマルテンサイト化するのが理想です。そのためには、標準的な焼入温度をA3 変態点よりも30 ~ 50℃高く設定します(図1)。
代表的な機械構造用鋼であるS45C やSCM440 の標準的な焼入温度は820 ~ 870℃です。例えば、S45C を850℃から焼入れした場合に得られるマルテンサイト単相は、理想的な焼入組織です。一方、A3 変態点とA1 変態点の中間の温度(750℃)から焼入れした場合は、マルテンサイトとフェライトとの混合組織になります(図2)。
機械構造用鋼は、焼入れ後500 ~ 650℃で焼戻しすることで硬さを調整し、これによりじん性が付与されます。このように高温で焼戻したときの金属組織は、通称「ソルバイト」といい、フェライト生地の中に多量の微細セメンタイトFe 3 C が析出しています(図3)。ソルバイトはじん性に富み、機械構造用鋼の標準的な調質組織として知られています。なお最近では、焼戻組織を総称して「焼戻しマルテンサイト」ということが多いようです。
3. 機械構造用鋼の焼入性と硬さ
4. 機械構造用鋼の硬さと機械的性質
全7回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 新たな特性を引き出す熱処理の種類
- 第2回 鉄鋼材料の種類と性質
- 第3回 焼なましと焼ならし
- 第4回 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し
- 第5回 工具鋼の焼入れ・焼戻し
- 第6回 ステンレス鋼の熱処理
- 第7回 表面熱処理の種類