前回は、機械のボルトやシャフト、歯車などに用いられる機械構造用鋼の「焼入れ」と「焼戻し」について解説しました。今回は、工具鋼の焼入れと焼戻しを取り上げます。
工具鋼は金型や切削工具に用いられ、表面硬さや耐摩耗性といった性質が共通して求められます。その他にも、冷間鍛造用金型には耐衝撃性が、重切削用工具やダイカスト金型には耐熱性が求められます。このように工具鋼は用途によって要求される特性が異なるため、JIS では多くの鋼種を規定しています(表1)。また各鋼材メーカーでは、数多くのブランド鋼を製造・販売しています。
第5回「工具鋼の焼入れ・焼戻し」を解説していきます。
1. 炭素工具鋼(SK 材)、低合金工具鋼(SKS 材)の焼入れ・焼戻し
標準的な炭素工具鋼(SK 材)には炭素以外の合金元素は添加されておらず、焼入性が悪いため、大型品には適していません。低合金工具鋼(SKS 材)はクロムCr を主として、タングステンW、モリブデンMo などを少量添加したもので、SK 材よりも焼入性や耐摩耗性に優れています。
SK 材やSKS 材の標準的な焼入温度は800 ~ 850℃で、正常な焼入組織はマルテンサイトと未固溶炭化物(球状セメンタイトFe 3 C)です。焼入温度が低すぎると炭化物が十分に固溶せず、フェライトを生じます。逆に高すぎると炭化物が固溶過多となり、マルテンサイトが粗大化し、軟質の残留オーステナイト(γR)を多量に生じます(図1)。
SK 材やSKS 材を高温で焼戻すと硬さが低下してしまうため、150 ~200℃で焼戻すのが一般的です。この温度で焼戻すと「ε炭化物」が析出し、生地組織は焼戻マルテンサイトに変化します。これにより、焼入れ時の硬さをほぼ維持したままで、衝撃値を大幅に向上できます。
2. ダイス鋼(SKD 材)の焼入れ・焼戻し
冷間成形金型用ダイス鋼は、1% 以上の炭素C とクロムCr をはじめ、タングステンW、モリブデンMo、バナジウムV などの合金元素を多量に含有しています。代表的な鋼種はSKD11 です。約12% のクロムCrと少量のモリブデンMo およびバナジウムV を含有し、大型のプレス金型によく利用されます。SKD11 に含有される主な炭化物は、クロムCr系の (Cr, Fe) 7 C 3 で、材料の鍛伸方向に不規則に並んでいます。
熱処理にともなう組織変化は、焼入れ(標準的な焼入温度:1,000 ~1,050℃)によって炭化物が固溶し、焼戻しで微細炭化物が析出します。そして最終的には、焼戻しマルテンサイト生地と炭化物(未固溶炭化物+析出炭化物)の混合組織となります(図2)。
焼入温度の上昇に伴い、焼入硬さは高くなります。しかし、最高焼入硬さが得られる温度を超えると、硬さは低下します。この硬さ低下の原因は、軟質の残留オーステナイト(γR)の増加にあります。そのため、「サブゼロ(SZ)処理」を施します。サブゼロ処理とは、焼入れ後に鋼材を0℃以下に冷却することです。これにより、残留オーステナイト(γR)がマルテンサイトに変態し、硬さを回復することができます(図3)。また、耐摩耗性の向上にも寄与します。
一般的な150 ~ 200℃の焼戻しでは、残留オーステナイト(γR)は最後まで残存します。残留オーステナイト(γR)は焼入れ後の鋼材の寸法を収縮させ、マルテンサイトに変態する際には膨張するため、鋼材の寸法が安定しません。そこで焼戻し温度を500~600℃にすると、残留オーステナイト(γR)はマルテンサイトに変態します。鋼材から残留オーステナイト(γR)を無くすことができ、寸法変化の問題を解決できます。
ダイカスト金型によく利用されているSKD61 は熱間金型用鋼に分類され、5% のクロムCr と、1% 程度のモリブデンMo およびバナジウムVを含有しています。含有炭化物の種類はSKD11と同じです。SKD61 の一般的な焼入温度は1,000 ~ 1,050℃、適正焼戻温度は550 ~600℃です。この温度で焼戻しすると、二次硬化により50HRC 以上の焼戻硬さが得られます(図4)。また、400℃以下で焼戻しすると、焼入れ時よりも軟化してしまうことが分かります。
3. 高速度工具鋼(SKH 材)の焼入れ・焼戻し
全7回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 新たな特性を引き出す熱処理の種類
- 第2回 鉄鋼材料の種類と性質
- 第3回 焼なましと焼ならし
- 第4回 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し
- 第5回 工具鋼の焼入れ・焼戻し
- 第6回 ステンレス鋼の熱処理
- 第7回 表面熱処理の種類