前回は、科学技術の発展に伴って生まれる、倫理的な懸念を解説しました。今回は、技術者・研究者の知的創造活動を守るための知的財産権保護と、特許が認められる発明の条件、さらに営業秘密(技術情報)について説明します。特許の基本的な考え方を学ぶと同時に、自分の生み出した知的財産権の保護を進められるよう、また、自分自身が知的財産権を侵害しないよう、しっかりと学びましょう。
第7回「知的財産の保護と営業秘密」を解説していきます。
1. 知的財産と著作権
知的財産がいかなるものか、また、具体的にどのような行動が著作権の侵害に当たるのか。まずは、基本的な知識から確認しましょう。
1:知的財産とは
知的財産とは、発明、コンピュータプログラム、建築、デザイン、製法、楽曲、絵画、写真、小説、ロゴマーク、映像作品など、私たちの知的活動から生まれた創造物のことです(図1)。これら知的財産は、多くの時間や費用をかけて創出されたものです。他人に勝手に使われたり模倣されれば、創造物を軸にした活動の展開を阻害されたり、本来得られるはずだった利益を失うことになります。さらには、創出者の新たにアイデアを生み出そうという意欲まで削ぎかねません。そのために知的財産権制度があり、発明や技術は許可なく第三者に使用できないように一定期間、所有者の財産として権利が保護されているのです。
知的財産権は、大きく4 つに分類されます。産業の発展を図るための権利(特許権・実用新案権・意匠権・商標権)、文化の発展を図るための権利(著作権)、農林業の発展を図るための権利(育成者権)、半導体集積回路の配置の創作を保護する権利(回路配置利用権)の4 つです。技術者・研究者の皆さんは、研究成果の発表や製品発表に際して、他人の特許権や著作権などの知的財産権を侵すことのないように十分に配慮しなければなりません。
2:著作権とは
著作権法を正しく理解できていかどうか、簡単なクイズで確認してみましょう。下記のうち、著作権法で問題とならない行為はどれでしょうか。
A:個人のブログで、ある有名企業の話題を紹介する目的で、特に許可を得ずに企業ロゴを掲載した
B:学会の研究発表会で、自分の研究を取材・紹介したテレビ番組の録画映像を、許可なく聴衆に見せた
C:あるフリーソフトを組み込んで、自分で新たにアプリケーションソフトを作り、許可を得ず複数の友達に配布した
D:地図アプリケーションソフトでディスプレイに表示した地図をキャプチャーし、許可なく自社の印刷広告に掲載した
E:有名な写真家が撮った写真とほぼ同じアングルで、自分で風景を撮影し、研究発表のスライドに使った
迷うことなく、答えることができましたか? それでは、クイズの解答です。実はA からD までの行為は、著作者に無断で行うと、全て著作権の侵害になります。もちろん、それぞれ著作権所有者から許諾が得られれば、問題ありません。E については、写真家の著作物を使用しているのではなく、あくまでも自分の技術で撮影したものなので問題は生じません。正解は、E のみでした。このような判断に迷う状況に出くわした時は、問題の有無をしっかりと確認し、必要であれば許諾を得るなどの適切な対策をとりましょう。
2. 特許とは
Tech Note の読者の中には、特許出願の経験がある人もいるでしょう。思いついたことが、何でも特許になるわけではありません。特許を受けられる発明の条件とともに、技術者と企業のどちらが特許の権利を持つかという問題を、考えてみます。
1:特許が受けられる発明の条件とは
特許を出願するためには、まず、該当する発明が「特許法上の発明」である必要があります。特許法上の発明の要件は、以下の通りです。認められない事例も併記します。
・自然法則を利用した発明であること
認められない例:自然法則を用いていない、ゲームのルール、商売方法など。また、エネルギー保存の法則に反する永久機関など
・技術的思想(一定の目的を達成するための具体的手段で、誰がやっても同じ結果を得られるもの。単なる情報の提示や、美的創造物は技術的思想に該当しない)
認められない例:フォークボールの投球方法、絵画・彫刻、データベースなど
・創作されたもの(新しく創り出されたものであり、元から存在していたものの発見とは区別される)
認められない例:鉱物や細菌などの天然物や、自然法則の発見
・高度なもの(自然法則を利用した技術的創作であっても、内容が高度でなければ発明とは見なさない)
認められない例:実用新案登録の対象になる、考案レベルのもの(特に高度な内容でなくてもよい、アイデアグッズなど)
さらに、発明が特許を受けるためには、以下の条件を満たす必要があります(図2)。
・前述の「特許法上の発明」であること
・産業として利用できる。ただ単に学術的・実験的にしか利用されない発明は、産業の発達を図るという特許法の目的を達成しておらず、保護する価値がないため認められない。
・新規性を有する。既に誰もが知っている発明に、特許権という独占権を与えても、社会に利益がないため
認められない例:既に公知になっている発明(既にテレビで放映、店で販売、研究論文で発表、ウェブで公開など)
・進歩性を有する。従来の技術に、ほんの少し改良を加えたような、誰もが簡単に思い付きそうな発明は、特許を受けられない。科学技術の進歩に貢献していないため
認められない例:公然と知られた発明、実施されている発明を単に寄せ集めたもの。発明の構成要素の一部を、置き換えたに過ぎない発明
・先願の発明。日本では、先に発明を完成させた者ではなく、先に特許庁に出願した者に特許を与える。
・公序良俗や公衆の衛生を害する発明でない。国家社会の一般的な道徳や倫理に反する発明や、国民の健康に害を与える恐れのある発明は、たとえ産業として実施できたり、新規性・進歩性を有していても、特許を受けられない
認められない例:紙幣偽造機械、違法薬物吸入器など
・出願書類の記載が規定どおり。特許を受けるためには、具体的にどのような発明をしたのか、他の人が読んで理解できる程度に、内容を明らかにする必要がある。発明の内容は教えられないが、権利だけ欲しいという主張は認められない。
2:発明者の適切な報酬とは?
技術者など組織に属する構成員が生み出した知的財産は、組織の利益と密接な関わりがあります。皆さんの会社などでも、特許出願を奨励あるいは義務付けている場合が多いでしょう。さらに、多くの組織が知的財産を保護する義務を構成員に負わせています。
その際に特許の発明者に支払われる対価については、さまざまな議論がありました。時として、訴訟に発展したこともあります。主な争点は、発明による利益の分配方法です。発明を生み、かつビジネスとし実現させた貢献の割合が、研究者と組織のどちらが大きいのか。また、発明を発案・実現した研究者個人に、どれだけの報酬が支払われるべきなのかという点が、カギとなります。
青色発光ダイオードの特許訴訟を覚えている人は、多いのではないでしょうか。当時、N 社の開発職に就いていた中村修二氏は、青色発光ダイオードの材料である窒化ガリウム系化合物の単結晶膜を成長させることに成功します。その際に、同装置と製法に関する特許を出願したのですが、会社から支給された出願報償金は2 万円でした。その後、青色発光ダイオードが、世界規模の市場を形成したことは周知の事実です。そこで中村氏は、発明に相当の対価として20 億円(その後200 億円に増額)の支払いを求め、会社を相手取って訴訟を起こしました。最終的に、会社が一定の対価相当額を支払うことで和解しました。そこに至るまでの会社の主張は、「会社の研究開発投資や設備などがあったからこそ発明が生まれた。また、発明が収益を生むまでには、多くの社員が関わっている。発明者だけの力で、発明が商品化されたわけではない」というものでした。一方の中村氏は「自分の貢献度から考えて、特許の報奨金が2 万円というのはあまりに少ない。報酬額が低いと技術者の士気が低下し、有能な人材は海外に流出する。将来、日本には優秀な技術者がいない事態となる」と主張しました。2014 年、中村氏は同研究において、他の2 人の研究者とともにノーベル物理学賞を受賞しています。
3. 営業秘密と秘匿戦略
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 技術者倫理とは?
- 第2回 説明責任とは
- 第3回 研究倫理とは
- 第4回 製造物責任とは
- 第5回 内部告発とは
- 第6回 新技術と倫理
- 第7回 知的財産の保護と営業秘密
- 第8回 環境保全と倫理