前回は、製造物責任について解説しました。今回のテーマは、内部告発という少しシビアな内容です。皆さんは、内部通報と内部告発の違いを知っていますか? 転ばぬ先のつえとして、技術者も内部告発というものについて、またその実態を知っておくことが重要です。
第5回「内部告発とは」を解説していきます。
1. アッシュの実験
私たちは、周囲の人間の大多数が同じ行動をとると、不本意ながらもそれに合わせた行動をとってしまうことがあります。これを、同調行動といいます。特に長年組織に属していると、いつしか大きな抵抗感なく、周囲と同調した行動をとるようになります。
アメリカの心理学者ソロモン・アッシュが、1950 年代に発表した有名な実験を紹介します。図1 を見てください。机の上に置かれた左側の紙には、1 本の線分X が描かれています。右側の紙には、A、B、C の線分3 本が描かれています。このうち線分B だけが、Xと同じ長さです。7 名の参加者が、線分A、B、C のうち、Xと同じ長さだと思うものを順に答える、非常に簡単な実験です。
種明かしをすると、実験参加者のうち、6 名はサクラです。本当の被験者は、最後に回答の順番が回ってくる1 名のみです。6 名のサクラは、X とは明らかに長さの違うC と答えるように、あらかじめ指示されています。実験が始まると、6 名のサクラは事前の約束通り、質問に対し次々とC と答えていきます。さて、最後の7 人目(本当の被験者)は、何と答えたでしょうか? 多くが正解のBではなく、Cと答えました。アッシュが行ったこの実験は123 名に行われ、94 名(76%)が、正解とは異なる線分を選んだと報告されています。
2. 組織の論理とジレンマ
技術者の多くは、企業や研究機関などの組織に所属しています。併せて外部委員会や学協会、ビジネス業界などに属している場合も多いでしょう。こうした組織には大なり小なり、独自の組織文化が存在しています。例えば、組織員が上層部にきちんと従う文化、時間を守らない文化、横並び意識が強い文化など、いろいろあるでしょう。強い倫理観が問われる外部委員会や学協会でも、古くからの慣例や暗黙の了解があるかもしれません。こういった不文律の制限や独自の哲学が、いわゆる組織の論理を形成しています。
技術者は、組織に属している期間が長くなるにつれ、築いてきた人間関係、歩んできたキャリア、組織内教育などの影響により、組織の論理に違和感を抱かなくなります。このような状況で、組織の一部や全体が倫理に反する行動をとった場合、技術者は、自己の倫理意識とのはざまで葛藤し、苦しむことがあります。同調行動、人間関係、忖度、守秘義務を含む組織の論理と、個人の倫理とのジレンマです(図2)。昨今の政界や行政、スポーツ界を揺るがせた不祥事でも、組織の論理とのジレンマ状態に陥った担当者が、組織の論理に屈服し、一般社会の倫理に反した行為に走ったように感じられます。
3. 内部通報と内部告発の違い
4. 内部告発の事例から分かる実態
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 技術者倫理とは?
- 第2回 説明責任とは
- 第3回 研究倫理とは
- 第4回 製造物責任とは
- 第5回 内部告発とは
- 第6回 新技術と倫理
- 第7回 知的財産の保護と営業秘密
- 第8回 環境保全と倫理