前回は、技術者が負うべき説明責任と、リスクコミュニケーションについて解説しました。消費者の持つ知る権利、技術者が負う説明責任の重要性が理解できたと思います。今回は、研究者が守るべき研究倫理について、掘り下げます。
第3回「研究倫理とは」を解説していきます。
1. 研究倫理とは
研究倫理とは、研究活動に関する行動規程です。研究倫理は、大学や学協会ごとに規定されていることも多いようです。例えば、東京大学大学院理工学研究科・理学部では、研究における誠実さや独創性、研究の経過と結果の正確な記録、責任ある公表などを、研究倫理綱領として定めています。
そもそも、なぜ研究倫理は必要なのでしょうか。それは第1 回で説明したように、専門家の不正を一般人が見抜くのは難しく、研究者は専門家の最たるものだからです。研究者は、科学技術の信頼性に関わる存在だからこそ、強い倫理姿勢を貫くことが求められるのです。
研究倫理には、大別すると2 つの禁止事項があります。研究活動の不正の禁止、および、研究費の不正使用の禁止です。なお、筆者は研究の内容まで研究倫理で縛るべきではないと考えています。研究におけるテーマ選択の自由は、保証されていなければなりません。重要なのは、研究成果をどう使うかということです。それは研究倫理ではなく、むしろ技術者倫理のレベル、もしくは社会全体で考えるべき問題です。
2. 研究者は、なぜ研究不正を行うのか
皆さんは、予想通りの実験結果が得られないときに、「このプロットした点がこうあってくれたら」とか、「このデータさえなければ」などと思ったことがないでしょうか(図1)。
2014 年のSTAP 細胞事件は、世間に大きな衝撃を与えました。A 研究所所属のB 氏が、マウスの体細胞に弱酸性刺激を与えるだけで万能細胞を作り出すことに成功したと海外の学術雑誌で発表し、国内外を沸き上がらせました。ところが、論文に電気泳動画像の改ざんや、他論文からの盗用部分が見つかるなど、不正があることが発覚。この学術雑誌は、論文を撤回し、共同執筆者に自殺者も出ました。その後行われた検証実験でも万能細胞の作製は確認されず、調査の結果、ES 細胞の混入と結論付けられ、STAP 細胞の存在は事実上否定されました。この成果に期待していた多くの人たちを裏切っただけでなく、日本の科学技術に対する信頼性が大きく揺らぎました。
皆さんは、この事件の背景に、どんな事情があったと考えますか? 今でも事件の全容が明らかになったわけではありません。しかし調査委員会の報告には「(追求実験が甘いのは、)論文発表を焦ったからではないだろうか。特許や研究費獲得や著名雑誌への論文掲載は、本来、悪いものではないが、それに夢中になるあまり、研究の中身への注意がおろそかになったことはないだろうか。」との記述もありました。本事件の背景に、研究業績競争、研究費の獲得競争などがあった可能性も考えられます。また、実験ノート記録のずさんさ、共同研究者のチェックの甘さなども指摘されています。
現在、企業や大学に所属する研究者には、研究業績を上げたい、研究者としての名声を上げたい、研究ポストを得たい、研究資金を得たいなど、さまざまなプレッシャーと誘惑が忍び寄っています(図2)。私も企業の研究所に長く勤務していたので、よく分かります。
そのために、論文を多数執筆したり、論文賞の受賞を目指すなど、研究者としての成果を早くたくさん出すことに力を注ぎます。そんな中で仮説通りの実験結果が得られないと、焦る気持ちが高まることがあります。この焦りが、昨今の研究不正行為の増加に、つながっている可能性があります。
ここで、研究者の倫理が問われることになります。研究の代表的な不正行為に、FFPと呼ばれる3 つの不正があります。
・ねつ造(Fabrication):実際には存在しないデータを意図的に作り出すこと
・改ざん(Falsification):論文や資料、データの一部を意図的に現実とは異なる内容に書き換えること
・盗用(Plagiarism):他人の論文や資料、書籍の全部や一部を複写もしくは模倣し、自分のものとして発表すること
FFP 以外に、論文の二重投稿、不適切なオーサーシップ(著者の記載)、他の研究者への研究妨害なども、研究活動における不正行為とされます(図3)。
3. 研究ノートは研究者の生命線
4. 研究費の不正使用
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 技術者倫理とは?
- 第2回 説明責任とは
- 第3回 研究倫理とは
- 第4回 製造物責任とは
- 第5回 内部告発とは
- 第6回 新技術と倫理
- 第7回 知的財産の保護と営業秘密
- 第8回 環境保全と倫理