前回は、不均一触媒(固体触媒)の基礎概念を解説しました。今回は、不均一触媒の代表的な反応例を紹介します。不均一触媒は、材料の観点で見た場合、金属触媒と酸化物触媒に大別できます。本稿では、金属触媒を用いたエチレンの水素化、アンモニアの合成、一酸化炭素CO の水素化と、酸化物触媒の働きについて取り上げます。
第5回「不均一触媒の反応例」を解説していきます。
1. エチレンの水素化
エチレンと水素とを反応させ、エタンを生成する反応は、白金 Pt や、ニッケル Ni などの金属上で進行します。この場合の反応機構は、以下のように、まずエチレンと水素が金属の表面に吸着する過程(1、2)と、表面を拡散して反応を起こし、半水素化状態を形成する過程(3、3ʼ)、最後に 2 個目の水素原子が拡散して反応を起こし、脱離する過程(4、4ʼ、4ʼʼ)から成ります。
金属の表面を水素が自由に動き、エタン C 2 H 6 の吸着力が小さいと仮定すると、(3)、(4)、(4ʼ)の過程は素早く起こると考えられます。そのため、反応式は以下のように簡単に表記できます。
反応速度式は、低温では水素のみの1 次、高温ではエチレンと水素のそれぞれの1 次になるという結果が得られています。日本の化学者である堀内寿郎博士らは、このエチレンの水素化反応が、広い温度領域で水素の1 次に比例することに着目しました。そして、ラングミュア=ヒンシェルウッド機構によりこの反応が進み、(3)、(4)がほぼ同時に起こるとすると、(2)、または(3)、(4)は同時に起きるか、どちらかに律速があることを示しました。また、温度により律速が切り替わることも示しました。このとき速度式は、以下のように表されます。
ここで、k 2 、k 3 , 4 は、それぞれ(2)、および(3)、(4)が同時に起こったときの反応速度係数、また、P E 、P H2 は、それぞれエチレン、および水素の分圧を示します。
低温ではエチレンは安定に吸着するため、1<<(k 3 , 4 /k 2 )P E となります。このとき、反応はV s =k 2 P H2 となり、エチレン圧に依存しません。一方、高温では、エチレンが脱離して、1>>(k 3 , 4 /k 2 )P E となり、エチレン圧力の一次に比例します。こうした反応式の変化は、イーレイ= リディール機構でも説明できます。
しかし、イーレイ= リディール機構では、日本の化学者である慶伊富長博士が実験を行った、重水素とエチレンとの反応において、最初に軽エチレン C 2 H 6 が生成するという事実を説明できません。イーレイ=リディール機構では、吸着したエチレンは、気相のD 2 と直接反応するため、C 2 H 4 D 2 しかできないためです。
このように、2 重結合の水素化というとても単純な反応でも、反応機構を詳しく調べると、複雑な反応が隠されていることが分かります。
2 重結合の水素化は、炭化水素が強く吸着し、低温では水素の吸着を阻害します。阻害というと、触媒としては不都合な印象を与えるかもしれません。しかし、不都合だけではありません。アセチレンを水素化するとき、生成物のエタンが生じず、ほぼ100% のエチレンが生じることがあります。これはアセチレンが強く吸着し、表面のほとんどがアセチレンで覆われるため、水素吸着が抑えられることによって起こる現象です。仮に、水素が吸着しても、隣にあるアセチレンと反応するため、エチレンになります。また、表面濃度は、エチレンよりもアセチレンの方が高いので、次に水素が吸着しても、やはりアセチレンと反応します。エチレンは水素が隣に吸着しないため、やがて脱離して、エチレンのみが生成します。エチレンが水素化されるのは、アセチレンがなくなり、表面がエチレンで覆われるようになったときです。この原理を利用した触媒を、リンドラー触媒と呼びます。実際のリンドラー触媒には、鉛Pbも添加されています。
2. アンモニア合成触媒
窒素N 2 からアンモニア合成する触媒は、ドイツの物理化学者であるフリッツ・ハーバー(Fritz Haber)により発見されました。アンモニアは肥料として利用され、20 世紀初頭の人口爆発による食糧危機を解決しました(ちなみに、アンモニア合成で硝酸の生産が可能となったことからドイツが第1 次世界大戦に突入したという説は、正しくないようです)。
この反応の経路として、N 2 が解離し、N が水素と反応してアンモニアNH 3 になることが提唱されています。一般に、N 2 解離が律速段階になります。N 2 とNH 3 の平衡を考えると、低温の方がアンモニアにとって安定であり、1 分子の窒素N 2 と3 分子の水素H 2 から2 分子のNH 3 ができるので、高圧の方がより反応を促します。従って、低温高圧条件で反応を起こそうとすると、よい触媒が必要になります。
この触媒の探索には多くの時間を要しました。フリッツ・ハーバー博士の下に留学していた日本の化学者である田丸節郎博士は、精力的な実験を行い、さまざまな触媒材料を試すことで、アンモニア合成触媒の開発に多大な貢献をもたらしました。
アンモニア合成触媒には、鉄Fe を主成分とするFe-K 2 O-Al 2 O 3 触媒が用いられます。表面科学的検討から、配位不飽和の多いFe サイトは高い活性を持つと考えられます。アルミナAl 2 O 3 を添加することで、アルミナが担体として働くと考えられてきました。さらに最近では、アルミナと水の添加により、活性の高い特定の構造を持つ表面が露出しやすくなるともいわれます。
また、酸化カリウムK 2 O は、N 2 の反結合性軌道に電子供与し、解離をしやすくすることで活性を向上させます。近年、日本の材料科学者である細野秀雄博士と、触媒科学者の原亨和博士らは、協働して電子供与による活性化を実現させたアンモニア合成触媒を開発しました。セメントの材料として使われるC12Al7(12CaO・7Al 2 O 3 )は、かご構造を持ち、酸素がトラップされています。これにチタンTi を蒸着すると、トラップされた酸素が抜け、電子がかごに残されます。この電子が、吸着した窒素の反結合軌道に供与され、窒素を解離しやすくするといわれています(出典:https://www.jst.go.jp/seika/bt2018-07.html)。
3. CO 水素化
4. 酸化物触媒
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 触媒とは?
- 第2回 身近なところにある触媒
- 第3回 金属錯体触媒
- 第4回 不均一触媒
- 第5回 不均一触媒の反応例
- 第6回 キャラクタリゼーションの基礎
- 第7回 X線を用いたキャラクタリゼーション法
- 第8回 未来の触媒