前回は、身近な触媒を解説しました。最も簡単な均一触媒は、前回紹介したプロトン酸触媒です。一方、緻密に設計され、複雑な構造を持ち、高活性高選択性、長寿命を実現した触媒が酵素です。今回は、その中間に位置する有機金属触媒を解説します。有機金属触媒は 1 分子の触媒なので、分子触媒と呼ばれることもあります。
第3回「金属錯体触媒」を解説していきます。
第3回もくじ
1. 有機金属錯体
金属錯体の多くは、窒素 N や酸素 O、塩素 Cl などの配位子と配位結合します。これ以外に、炭素Cが配位子として金属と結合を作ることがあり、これを有機金属錯体と呼びます。この場合、金属は典型金属だけでなく、遷移金属が中心原子になります。
遷移金属の場合、配位子場理論により配位結合は理解されています。配位結合は共有結合の一種です。共有結合を理解するには、量子論における分子軌道と原子軌道を正しく理解する必要があります。難しい数式を覚える必要はありません。水素原子の軌道の形と向き、および軌道の符号(1s、2s、2p、3s、3p、3d)を知っているだけで十分です。他の多くの原子でも同じ原子軌道が用いられます。なお、これらの軌道のエネルギーは、1s<2s<2p<3s<3p<4s<3d<4p の順番で大きくなります。
共有結合を理解するには、LCAO-MO と呼ばれる考え方が重要です。原子軌道には符号と向きがあり、その足し算と引き算で分子軌道を作り、結合を理解しようというものです。符号が同じなら重なり合い、結合性になります。しかし、符号が逆なら打ち消しあうため、反結合性になって不安定化します。
遷移金属では、d 軌道が結合を担います。多くの遷移金属は配位子 6つと結合し、正八面体構造をとります。正八面体の頂点から金属へ配位子を近づけると、金属の d 軌道のうち、八面体の頂点を向くd z 2 と d x2-y2 軌道が配位子と結合します。このとき、結合の方向と原子軌道の広がりが一致するためσ結合となり、結合性と反結合性を作ります。結合性には配位子の軌道が多く寄与し、反結合性は d 軌道が主成分です。このため d z 2 と d x2-y2 軌道は、結合を作ると不安定化します。その代わり、酸素から電子が供与され、安定な結合性軌道に入り、結合を作ります。これが配位結合です。
残った 3 つの d 軌道は変わらないため、d 軌道は、不安定化した 2 つの d z 2 と d x2-y2 軌道、そして残りの 3 つの軌道に分裂します。これが d-d分裂です。
有機金属錯体を考えるとき、σ結合だけでなく、π結合も重要になります。重要なπ結合に、逆供与があります。これは、先述の、下に残った 3 つの軌道の 1 つであるd xy 軌道と配位子との結合です。この軌道は、軸の方向ではなく、2 つの軸に挟まれた方向に軌道の広がりを持ちます。しかも符号は上下で反転します。(図 1)
この符号は CO やエチレンのπ反結合性軌道と同じなので、金属と配位子は結合性軌道を作ります。このとき、中心金属の d xy に電子が 2 個入っていると、中心金属からエチレン側に配位子へ流れ込みます。通常、電子対は、配位子から中心金属へ供与されます。中心金属から配位子への電子の流れはその逆となるため、逆供与と呼ばれます。このπ結合により、CO 錯体(カルボニル錯体)などは安定化します。
もう一つ、有機金属錯体を理解する上で重要な規則に、18 電子則と呼ばれるものがあります。d 軌道を含め、spd で収容できる電子の数は18 個が上限です。従って、配位子からの供与も含め、金属の周りの電子の数が 18 になると電子軌道が満ち、安定化します。18 以下の場合、配位子が新たに 2 個の電子を供与し、結合を作ることができます。以上を基礎知識として、有機金属の反応を見ていきましょう。
2. 有機金属の反応機構
有機金属の反応には、4 つの重要な反応機構(酸化的付加・還元的脱離、β脱離、転移挿入、トランスメタレーション)があります。
・酸化的付加・還元的脱離
遷移金属が18電子を満たしておらず、16電子の場合で考えてみましょう。ここに、A-B という有機物がやってくると、A-B は A
+
と B
–
イオンに解裂し、さらに遷移金属から A
+
イオンに電子が 2 個流れこみます。そうすると、遷移金属が酸化され、2 つの A
–
、B
–
が付加することで結合が生じ、2個ずつ電子を中心金属に供与します。その結果、中心金属は 18 電子になり安定化します。これが酸化的付加です(図 2)。還元的脱離は、これと逆の過程が生じます。
・ベータ脱離
金属にアルキル基が結合しているとき、金属に直接結合している炭素をα位の炭素、その隣の炭素をβ位の炭素と呼びます。このアルキル基が脱離すると、C(β)-H が切れ、C と C に新たな二重結合ができます。これをベータ脱離といいます(図 3)。例えば、M-C
2
H
5
→ M-H +H
2
C=CH
2
のように、エチル基からエチレンが生成します。
・転移挿入
図 4 のように、配位子 X が金属と Y との結合の間に割り込んでくることがあります。これを転移挿入反応と呼びます。空いたサイトを L が配位して埋めることで、逆反応を抑えます。最も有名な転移挿入反応に、CO がアルキル基と金属の間に入る、ハイドロフォルミレーション反応があります。
・トランスメタレーション
典型元素上の R が遷移金属に移動することを、トランスメタレーション反応といいます。後述するクロスカップリングの重要反応です。
R-M + Mʼ -X ↔ R-Mʼ +X-M
M= 典型元素(Mg、Zn、Zr、B、Hg、Si、Sn、Ge)、Mʼ = 遷移金属 とする。
3. クロスカップリング触媒
4. 不斉触媒
5. メタセシス触媒
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 触媒とは?
- 第2回 身近なところにある触媒
- 第3回 金属錯体触媒
- 第4回 不均一触媒
- 第5回 不均一触媒の反応例
- 第6回 キャラクタリゼーションの基礎
- 第7回 X線を用いたキャラクタリゼーション法
- 第8回 未来の触媒