触媒は、化学反応を加速させる働きを持つ物質です。技術開発や、日常生活の多くの場面で、触媒は重要な役割を担っています。しかし、その触媒の存在が意識されることは、ほとんどありません。本連載では、ものづくりに携わる人が知っておくべき触媒の基礎知識を、全8 回にわたり解説します。今回は、触媒の働きと、触媒の性能を決める3 要素を紹介します。
第1回「触媒とは?」を解説していきます。
第1回もくじ
1. 光化学スモッグはどこへ行った
1970 年7 月18 日、東京都杉並区のある高校で、運動部活中の高校生たちが突然バタバタと倒れ、大騒ぎとなりました。翌日、光化学スモッグが原因であるという報道がなされました。自動車の排気ガスに含まれる窒素酸化物が大気に放出され、光化学反応を受けて、オキシダントという有害物質に変化し、高校生たちを襲ったのです。
光化学スモッグ被害は、自動車先進国の米国で、すでに始まっていました。1970年は、日本の高度成長期(1954~1973年)の末期に当たります。水俣病、イタイイタイ病など多くの公害病が発生したうえに、光化学スモッグが発生しました。しかし、他の公害病と異なり、光化学スモッグの原因である自動車を販売停止にすることはできません。それどころか、自動車の台数は伸び続けることが予想されました。事実、日本における1971 年の自動車保有台数は約1,890 万台であったのに対し、2019 年は8,180 万台にまで増えています。
しかし、その後、都会における光化学スモッグ被害が増えたという話は聞こえてきません。光化学スモッグはどこへ行ってしまったのでしょうか?この謎を解くカギは、自動車触媒にあります。自動車に窒素酸化物NOx(NO,NO2)を除去する自動車触媒が積まれるようになったのです。これにより、排気ガス中の窒素NOx が激減し、同様に光化学スモッグ被害も減少しました。
自動車触媒とは何でしょうか? 自動車触媒は、一般に3 元触媒と呼ばれ、排気ガスに含まれるNOx を、燃料と酸素を用いて分解する触媒です。多くは貴金属が用いられています。エンジンから出た排気ガスは直接大気に放出されず、エンジンのすぐ後に積まれた触媒コンバータを通って浄化されます(図1)。
触媒コンバータには、ハニカム状に多数の流路が開いたセラミックスが用いられています。ガスが流路を通過する間、セラミックスの壁に塗られた触媒層により、排気ガスが清浄化します。触媒層を電子顕微鏡で拡大すると、球状の酸化物と、酸化物上には貴金属ナノ粒子が観測できます。この貴金属ナノ粒子が、触媒作用を示す活性点です。
2. 触媒とは
触媒は、自動車関連だけでも、排気ガス浄化触媒、石油精製触媒、脱硫触媒など、多くの種類が使用されています。自動車以外でも、プラスチックや合成繊維などの高分子を作る際には重合触媒が使われています。薬の合成に必要な有機化学反応も触媒が起こしています。また、私たちの体の中では、日夜、酵素が触媒として働いています(図2)
触媒は、英語でCatalystといいます。また、触媒作用はCatalysisといい、1835 年、スウェーデンの化学者、ベルセリウス(Berzelius)が命名しました。Cata(ギリシャ語のKata、下へ)と、lysis(ギリシャ語のlyein、分解)の合成語で、他の物質に働きかけて、分解反応を加速するという意味を持ちます。
日本語の触媒(觸媒)は、日本の化学者である松原行一が、ベンゼンのメチル化反応におけるAlCl3 の役割に対して命名したものといわれます。化学物質と接触することで、特定の化学反応を加速させる物質という意味の、ふさわしい命名に思われます。
化学反応は、反応物をまず活性化して、生成物へ転換します。このとき、化学結合の組み換えを起こす必要があります。例えば、水素と酸素から水を作るとき、水素と水素、酸素と酸素の結合を切断し、新たに水素と酸素の結合を作ります。この、水素同士、酸素同士の結合を切断するときに、エネルギーが必要となります。反応を進行するために必要なエネルギーは、活性化エネルギーと呼ばれます。反応は、活性化エネルギーを超えないと起きません(図3)。
反応速度v と活性化エネルギーEa、および温度T の関係は、アーレニウスの式によって示されます。
ここで、A は定数、R は気体定数です。この関係式から、反応速度を上げるには、温度を上げる必要があることが分かります。しかし、むやみに温度を上げると、副反応を併発する恐れがあります。また、大量なエネルギーを必要します。逆に、活性化エネルギーを下げることでも、反応は進みやすくなります。触媒は、この活性化エネルギーを変化させる物質です。
3. 触媒の性能を決める3要素
触媒を性能を評価するための3 つの要素として、活性、選択性、寿命があります。以下に詳しく説明します。
・活性
触媒の働きを、水素分子と酸素分子から水を生成する反応 H2+O2→H2O で考えてみましょう。水素と酸素を混合しただけでは、反応は進みません。これは、大きな活性化エネルギーで反応を阻害しているためです。ここに白金の粉を入れます。白金の表面には、本来結合に関与すべき手(ダングリング・ボンド:Dangling Bond)が結合せずに存在しています。水素分子と酸素分子は、ダングリング・ボンドと容易に反応します。この結果、原子状ばらばらになった水素と酸素は、白金表面に吸着し、多数のダングリング・ボンドを伝って、表面を拡散します。拡散の結果、水素原子と酸素原子が出会うと、エネルギー的により安定なOH 結合が生成され、水として脱離します(図4)。
この反応は、室温でも起こります。このように、活性化エネルギーを下げ、温和な条件でも反応を引き起こす触媒の特性を、活性といいます。
・選択性
さまざまな反応が同時に起こる中で、触媒は、特定の反応だけに作用し、活性化エネルギーを下げます。この特性を、選択性といいます。プロパンCH3-CH2-CH3 を例に考えてみましょう。プロパンを触媒で活性化し、NH3 とO2 と反応させ、プラスチックの原料であるアクリロニトリルへ転換します。このとき、活性が高すぎる触媒を使用すると、エネルギー的に安定なCO2 とH2O だけが生成されます。そこで、C-H 結合のみを選択的に切断し、NH3 を付加することで、C-C 結合切断を防ぐ触媒が開発されています。例えば、Mo-V-Nb-Te の酸化物は、選択性80%で、プロパンをアクリロニトリルへ転換することができます。
・寿命
寿命も、触媒の重要な性質の一つです。触媒は、自らは変化しないものとお考えかもしれませんが、実際には、使っているうちに、触媒自身が変化し、活性が低下します。これを失活といいます。そこで、触媒を安定化し寿命を延ばしたり、再生させることで、実質的に寿命を延ばす処理が行われます。
4. 反応制御
水素と酸素を2:1 の割合で混合し、袋に入れて、火花を飛ばすと、爆発が起こります。爆発が起こる原因は、次の通りです。まず、火花(電子や高エネルギーイオンが多数存在する)が水素分子や酸素分子を活性化して、原子状のラジカルを作りだします。ラジカルは周辺の分子と反応し、爆発的に水を作ります。この反応によって温度が上がり、さらに反応が促進します。また、ラジカルは新たなラジカルを生じるため、生成物が新たな反応物になって反応が進む連鎖反応が起こり、爆発につながります。爆発は、原子力発電所の建屋を一瞬にして吹き飛ばすほど大きな威力を持つことは周知の通りです。
触媒は、温和な条件で、水素や酸素を解離し、表面のみで原子状にして活性化する発熱反応です。ただし、白金表面には限りがあるので、表面積により生成する原子の数が制限され、反応が爆発的に進行することはありません。こうした触媒の利用は19 世紀からデービー灯(Davy Lamp)として知られていました。当時、炭鉱では、照明として裸火が使われていました。しかし、石炭ガスによる炭坑爆発を誘発する危険と隣り合わせでした。そこで、開発されたのがデービー灯です。白金Pt 触媒を用い、穏やかに燃焼させることで、爆発の危険性を減らすことができました。この原理は、白金カイロにも応用されています。
いかがでしたか?今回は、触媒の働きと、触媒の性能を決める3 要素を紹介しました。次回は、身近な触媒として、自動車触媒、重合触媒、酸触媒、酵素を解説します。お楽しみに!
全8回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 触媒とは?
- 第2回 身近なところにある触媒
- 第3回 金属錯体触媒
- 第4回 不均一触媒
- 第5回 不均一触媒の反応例
- 第6回 キャラクタリゼーションの基礎
- 第7回 X線を用いたキャラクタリゼーション法
- 第8回 未来の触媒