前回は、航空機の燃費改善における基本的方針を説明しました。それは、軽量化、空力抵抗の削減、エンジンの燃費向上、無駄のない飛行方法など、自動車などの輸送機械と基本的には同様の設計技術、運行技術であり、さらにCO2排出の少ないジェット燃料も開発が進められています。今回は、これまでの航空技術の変遷を振り返ることで、燃費改善の主要な技術課題に関してより理解を深めることとしたいと思います。空を飛ぶという過酷な要求に応えるべく、その技術の発達はイノベーションの連鎖であったといえます。
第3回「燃費向上のための技術革新」を解説していきます。
1. 第一の技術革新:翼型の発明
図1に、航空技術革新の変遷として、航空機の機体、エンジン、翼形状の変遷を示します。本文中に登場する航空技術は、図1に掲載されています。適宜参照してください。
第一の技術革新は、翼型の発明です。主に翼の厚さと形状の変化が挙げられます。
・薄い翼
初期の航空機は、ライト兄弟のフライヤー号のように、木製のフレームに布を張った薄い翼を用いていました。初期の技術者は鳥の翼を参考にしていたので、翼を薄くする必要があると考えていたためです。しかし、薄い翼は空気の圧力を受け、揚力が発生すると容易にたわんでしまいます。そのため、2枚の翼を上下に配置し、立体フレーム構造にする必要がありました。翼を1枚とした場合でさえ、胴体にポールを立て、針金で翼を支える必要がありました。2枚にした場合は、こうした支柱や針金は、さらなる空気抵抗の増加をもたらす障害となっていました。
・厚い翼
現在のような厚みのある翼は、第1次世界大戦中にドイツで生まれました。ゲッティンゲン翼型は厚みがあり、フォッカー戦闘機などに採用されました。
鳥が薄い翼を持つのに対して、航空機が厚みのある翼を用いるのは、飛行時のレイノルズ数の違いが関係しています。レイノルズ数とは、飛行速度と飛行体の寸法の積を流体の動粘性係数で割った値です。値が小さいほど、飛行体は流体の粘性効果を受けることになります。
航空機が大きくなり、飛行速度が増加するということは、鳥のように空気の粘性の影響を受けなくなることを意味します。粘性の影響を強く受ける昆虫や鳥は、薄い翼を用いた方が空気抵抗を小さくできます。しかし、航空機のように粘性の影響が弱い場合、薄い翼では、流れに対する角度(迎え角)を大きくすると、流れが翼から剥がれてしまい失速が起きやすくなります。失速が起きると、揚力は急に低下してしまいます。すると、航空機は急激に高度を失い、危険な状態になります。
厚い翼を採用すると、1枚の翼で揚力による荷重に耐えることができ、支柱や張線(ワイヤ)を必要とする複葉(主翼が上下に2枚)よりも機体の空気抵抗を軽減することができます。ドイツのユンカース社が1919年に初飛行させた世界初の全金属製旅客機F13は、厚みのある翼を採用することで、単翼の機体として近代的なスタイルを実現しました。
ユンカース社の創業者であるフーゴ・ユンカース(ドイツ:1859-1935)は、アーヘン工科大学の教授時代に、理想の航空機は、主翼だけで機体を構成する全翼機であると考え、図2のような特許を出願しました。彼は、主翼内部にエンジンや操縦席客席を収納すれば、尾翼や胴体をなくすことができ、軽量化と空気抵抗の軽減が可能であると主張しました。こうした機体を設計するには、当然、厚みのある翼型を使うことになります。ユンカースは、実際に風洞実験(人工的に風を発生させ、実際の流れ場を再現し観測すること)を行い、意外にも厚みのある翼が、薄い翼よりも優れた空力特性を持つことを発見しました。これが、厚みのある翼型の利用につながったと考えられます。
・層流翼の出現
1930年代後半から第2次世界大戦が勃発し、航空機の飛行速度は飛躍的に増加します。1940年代には、先端のとがった翼型が出現しました。空気抵抗は速度の2乗で増加するため、飛行速度が増加すると空気抵抗を減らすことがさらに重要になります。こうした背景から開発されたのが、先端のとがった層流翼と呼ばれる翼型です。
流れには、層流と乱流があります。たばこの煙を吐き出すと、最初、煙はまっすぐに上昇し、途中からもやもやと乱れます。前者が層流、後者が乱流です。層流の方が空気抵抗は小さく、流れがスムーズです。翼面上の流れを、できる限り長く層流に維持できれば、空気抵抗を小さくできます。このように、特殊な形状の翼型を持つ層流翼が、1940年代に開発されました。
層流翼は、先端がとがっていて、翼型の中ごろで厚みが最大になります。この形状は、マグロの胴体に似ています。高速回流魚であるマグロは、水の抵抗を最小化できる体型を自然に身に付けたのでしょう。航空研究者が、複雑な計算と綿密な実験の結果から求めた形が、マグロの体型だったというのは興味深いことです。
ただし、層流翼は、風洞試験では優秀な性能を示したものの、製造時に翼表面に突起ができ、また使用中に汚れが付着するなど、実際には能書きほどの性能は出ていなかったと考えられます。層流翼が威力を発揮したのは、飛行速度がさらに上昇し、音速に近づいた第2次世界大戦後のことです。音速に近づくと衝撃波が発生し、空気抵抗がさらに急増します。いわゆる音の壁の出現です。層流翼の独特な形状は、衝撃波の発生を弱める効果もあり、音速に近い速度で飛行する現代の旅客機にも採用されています。
2. 第二の技術革新:材料の革新
第二の技術革新は、材料の革新です。航空機は、ジュラルミンと炭素繊維複合材料の発明により耐久性が進化していきました。
冒頭に説明したとおり、初期の航空機は、木製でした。木材は軽く、強度があり、加工も容易ではあるものの、均一でないと折れやすく、また、腐食を防ぐためのメンテナンスが必要という課題があります。ユンカースは、安心して人が乗るためには、金属製の飛行機が不可欠と考え、鋼管フレームに鋼板を張った機体を開発しました。しかし、これは重すぎて成功しませんでした。
・ジュラルミンの発明
ジュラルミンは、1906年ドイツのアルフレッド・ウィルムにより、航空機用の金属材料として発明され、状況は一転しました。ジュラルミンは、アルミニウムに銅やマグネシウムを混ぜて硬化させた合金です。ツェッペリン飛行船にも使用されたジュラルミンを、ユンカースは輸送機J13の材料として使用しました。1918年にドイツが降伏すると、ユンカースは直ちにJ13を旅客機F13へ転用することを検討し、1919年に初飛行に成功しました。F13は、世界初の全金属製旅客機となりました。
F13は、波型のジュラルミンを外板に使用しています。これは、薄い金属外板は座屈(荷重を次第に増加すると、ある一定の荷重を超えると急激に折れ曲がる現象)に弱く、圧縮したときに崩壊してしまうのが課題であったためです。座屈に対する対策として、ジュラルミンの外板の内側に、ジュラルミンのフレームを格子状にリベット止めするセミモノコック構造が生み出されました(図3)。
木製航空機はその後も使用され続けるものの、ある墜落事故がきっかけとなり、急に姿を消すことになります。それは、1920年代に開発され、多くの航空会社で使用されたフォッカー・トライモータが1931年にアメリカで墜落した事故でした。有名なフットボールチームのコーチが同乗し亡くなったため、大々的に報道されました。また、その事故調査において、木製機の腐食が疑われました。この結果、アメリカでは木製旅客機の飛行が困難となり、ダグラスDC3のような全金属製旅客機が登場することになりました。
・炭素繊維複合材料(CFRP)
金属に続く材料の革新は、炭素繊維複合材料(CFRP:Carbon FiberReinforced Plastics)です。炭素繊維のシートを、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で含侵させ、シートを積層して熱硬化させて作られます。CFRPの比重は鉄の5分の1であるのに対し、強度は繊維方向にもよるものの2倍近くあります。また、重量当たりの強度は、鉄の10倍にもなります。一般的な金属材料の弱点である疲労にも優れ、まさに理想の素材といえるでしょう。
CFRPは、1970年代に、炭素繊維の研究が盛んであった日本で商品化されました。しかし、高価であったことから、当初は、釣りざおやテニスラケット、ゴルフシャフトなどに利用が限定され、航空機材料としての信頼性を得るには時間を要しました。
CFRPの航空機への利用は、軍用機やヘリコプターから始まりました。旅客機に関しては、1981年に初飛行したボーイング767でも、その利用は全機重量の3%に過ぎませんでした。その後、機体軽量化の切り札として利用が拡大し、2009年に初飛行したボーイング787では、その割合は50%にも増加しました。しかも、ボーイング787の主翼、翼胴結合部、後部胴体は日本の重工メーカーが製造しています。こうした機体の軽量化が積極的に進められた背景には、旅客機の燃料である石油価格の高騰がありました。より軽量な旅客機を航空会社に売り込むために、積極的に開発が行われたのです。それは同時に、CO2削減にも貢献するものとなりました。
3. 第三の技術革新:ジェットエンジン
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 国際航空のCO2削減計画
- 第2回 飛行機の燃費はどのように決まるか?
- 第3回 燃費向上のための技術革新
- 第4回 機体軽量化のための技術革新
- 第5回 サステナブルな航空燃料SAF
- 第6回 技術を補う経済的スキーム、カーボンクレジット