1. 小さな確率を過大に感じてしまう-オーバーウェイティング-
前回解説したように、私たちはリスクのある利益(プラスのペイオフ)を選択するときにリスク回避的になる一方で、損失(マイナスのペイオフ)を選択する場合には無意識のうちにリスク追求的な行動を取ってしまいます。ペイオフのプラス・マイナス(利益・損失)という要因以外に、私たちのリスクへの態度を逆転させる要因がもう一つあります。小さな確率を過大に感じてしまう判断バイアスです。
このことを理解してもらうために、次の質問に答えてください。賞金の期待値が同じ50円のくじA、Bから1つを選ぶ問題です。リスクを伴う方のくじAは0.1%という小さな確率でしか「当たり」が出ない設定です。
<質問1>
くじA、Bどちらのくじを選びますか(どちらも賞金の期待値は50円)。
くじA:0.1%の確率で5万円当たる
くじB:確実に50円当たる
もう1問、今度は損がかかったくじCとDの選択です。賞金の期待値はともに-50円(50円の損)です。リスクを伴うくじCで損が発生する確率は、質問1と同じ0.1%という小さな値で設定されています。
<質問2>
くじC、Dどちらのくじを選びますか(どちらも賞金の期待値は-50円)。
くじC:0.1%の確率で5万円の損をする
くじD:確実に50円の損をする
さて、2つの質問に対してどのように答えたでしょうか。筆者の調査結果を図1に示します。この図からも分かるように、実は多くの人が、質問1ではくじAを選び、質問2ではくじDを選びます。つまり、利益領域での選択(質問1)では、まれにしか当たらないくじに賭けるリスク追求的な選択をするのに対して、損失領域(質問2)ではめったにしか起きない損失を避けて一定額を支払うリスク回避行動を取るわけです。
こうした傾向は、私たちの身辺でよく見られる行動を思い起こせば納得がいくはずです。どんな行動でしょうか? めったに当たらない賞金に賭けるリスク追求行動は、宝くじやロトを買い求める行動そのものです。また、わずかな損失リスクを回避するために一定額を支払うリスク回避の行動は、私たちが保険に加入するときに示すものです。その意味で、図1に示されたようなリスク態度は、私たちが実際に行っているリスク選択行動をよく表しているといえるでしょう。
ここで前回の話を思い出してください。私たちは利益領域ではリスク回避的に、損失領域ではリスク追求的になるという話でした。ところが、宝くじを買うことは利益領域でのリスク追求行動であり、保険に入ることは損失領域でのリスク回避行動です。すなわち、図1の結果は、前回の話とまったく矛盾していることになります。
こうした矛盾を、どう理解すればよいのでしょうか。実は、宝くじや保険をめぐる行動の背後には、小さな確率のインパクトを過大に感じてしまうオーバーウェイティングという判断バイアスがあります。質問1や2では、0.1%というごく小さな確率がリスクを発生させています。私たちの不完全な認知処理能力では、こうした微小確率を正確に捉えることができず、そのインパクトを過大に感じてしまう傾向があります。
例えば、確率0.1%は確率1%の10分の1です。従って、賞金の期待値へのインパクトも、確率1%の場合の10分の1であるべきです。しかし、私たちにはそれが5分の1にも2分の1にも大きく感じられてしまいます。0.1%の確率を0.2%にも0.5%にも大きく感じてしまう感覚です。これがオーバーウェイティングです。
めったに当たらないくじであっても、このオーバーウェイティングのせいでかなりの確率で当たるように錯覚し、そんなくじを買いたくなるのです。利益領域ではリスク回避的であるはずの人たちが、宝くじや馬券になると買ってしまうのはこのためです。同じように、めったに起こらない損失のリスクであっても、オーバーウェイティングによってそれが過大に感じられるために、そのリスクを避けようとして一定額の保険料を払ってもよいと感じるようになります。損失領域ではリスク追求的な私たちが、保険に入って損失リスクを回避しようとするのはこのためだと考えられます。
2. 大穴に賭ける一方で高い保険に入る
オーバーウェイティングという判断バイアスのせいで、私たちは一見矛盾した極端なリスク選択行動を取ってしまいます。勝ちの薄い可能性(大穴)に賭けるリスク追求行動を取りながら、その一方で、過剰に保険に加入してしまうような行動です。
大穴を好む傾向は、本命大穴バイアスとして知られる現象を引き起こします(図2)。これは、競馬などで大穴が実力以上に買われるのに対して、本命は実力以下にしか人気が出ないために、大穴券を買った場合の期待リターンが本命券を買った場合の期待リターンよりもはるかに低くなる現象を指しています。オーバーウェイティングの下で大穴が勝つ微小確率を過大に評価する一方で、本命が入る確率を過小に評価してしまう結果、こうした逆説的なことが起きると考えられています。
本命大穴バイアスが極端に発生する状況では、本命券を買い続けることによって、確実にプラスの収益を得ることも夢ではありません。実際に、本命大穴バイアスを利用して大儲けした例があります。脱税事件で有名になった香港系のデータ分析会社(ユープロ社)の例です。
同社は、可能性のある全ての本命馬券を買い続けることで、2007年までの3年間で160億円もの配当利益を稼ぎ出し、その所得が国税局による追徴課税の対象になりました。大穴券の期待リターンが平均を大きく下回り、その分本命馬券のリターンが平均を大きく上回る状況は、おそらく直近のデータでも確認されるのではないかと思われます。買うなら絶対本命!ということになります。
株式市場にも、こうした大穴人気のようなものがあります。普段は振るわないけれども、小さな確率で大当たりするような宝くじ的な株式に人気が集まる傾向です。オーバーウェイティングの下では、そうした大穴株の価格が過大に評価され、リターンが市場の平均を大きく下回ることになります。実際に、アメリカのイェール大学のバーベリスらが、そうした傾向を詳しく報告しています(Barberis、Mukaherjee、Wang、Prospect theory and stock returns: An empirical test、Review ofF inancialStudies 29、2016年)。
オーバーウェイティングの下で過剰に保険に加入する行動は、過剰保険といわれています。わずかな確率でしか発生しない損害に対して、その期待損失よりもかなり高い保険料を払ってでも保険を掛けようとする行動です(図3)。過剰保険は、自動車・住宅などに対する損害保険や、そこに付随する保険特約に関連して報告されています。最近でいえば、携帯電話や電子機器の損害保険特約を調べてみると興味深いでしょう。私たち消費者はオーバーウェイティングのせいで、予想される期待損失額に比べてかなり割高な保険料を負担してしまっている可能性があるので要注意です。
3. プロスペクト理論のまとめ
全10回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 速い思考と遅い思考
- 第2回 ヒューリスティックのわな(前編)
- 第3回 ヒューリスティックのわな(後編)
- 第4回 自滅選択のメカニズム
- 第5回 自滅を避けるには?
- 第6回 リスク下で起こしがちな行動(前編)
- 第7回 リスク下で起こしがちな行動(後編)
- 第8回 人はモノで動くか?
- 第9回 行動を良い方向にナッジする(前編)
- 第10回 行動を良い方向にナッジする(後編)