前回は、自滅選択に対処するための方法を紹介しました。今回から2回にわたり、リスクを伴う選択について解説します。
第6回「リスク下で起こしがちな行動(前編)」を解説していきます。
1. 利益のリスクと損失のリスクで行動が変わる
リスクには、生活や投資に伴うリスクからビジネスリスクまで、さまざまなものが含まれます。リスク下で合理的な選択をすることは、どの場合も大変難しいものです。従来、標準的とされてきたリスク選択理論は、現実の私たちの行動を説明するには問題の多いものでした。そのことを痛烈に批判し、プロスペクト理論という新しい理論を打ち立てたのが、エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンの2人です(第2回参照)。
プロスペクトとは、要するに「くじ」のことです。いろいろなリスク選択をくじの選択の問題に落とし込むことで、実際のリスク下の行動を系統立てモデル化したのがプロスペクト理論です。本稿では、プロスペクト理論に沿って、リスク下で見られる私たちが起こしがちな行動について考えてみましょう。
そもそも、リスクに対する私たちの態度は、それ自体が実に移ろいやすいものです。私たちはリスクを嫌い、いつも回避したいと思っています。しかし、状況次第では、大きなリスクを自覚のないまま背負ってしまいます。それらは、どのような場合に起きるのでしょうか。
リスク下の選択について考えるために、図1に示した問題を考えてみましょう。2つのくじから、好きな方を1つ選ぶ問題です。
どちらを選びましたか?実は、多くの人はBを選びます。筆者が大学で386人を対象に行った調査でも、83%がBを選んでいます。ところで、Bを選ぶことが、リスク回避的な行動であることに気付いたでしょうか?というのは、賞金の期待値(平均的にもらえる賞金額)は、A、Bともに1万5千円であるにもかかわらず、賞金の変動リスク(賞金額が期待値と違ってくる可能性)はBの方が小さいからです。リスクを嫌う私たちが、このようにリスク回避的な選択をするのは当然であると思われます。
次に、図2の問題を考えてください。今度は、確率的に損害が発生するくじの選択です。損の期待値は、両方のくじともに1万5千円です。ただし、くじCの方が、損失が発生する場合としない場合の差が大きい、すなわち、リスクが大きい設定になっています。
いかがでしょうか?この場合、実は、リスクが大きい方のくじCを選ぶ傾向が強く見られることが分かっています(筆者の調査では、71%がくじCを選びます)。つまり、損失を選ぶリスク選択の場合、人々はリスク回避的ではなく、逆にリスク追求的になるのです。
もちろん、くじCを選ぶ人にしてみれば、損の出目が多いくじDを嫌って、うまくいけば損をせずに済むくじCを選んでいるつもりでしょう。しかし、出目によって損失が大きく変わるという意味でリスクが大きいのは、くじCの方なのです。
図1のように、プラスの賞金がかかった選択では、私たちはリスクが嫌いだという自覚があり、より安全な方を選びます。しかし、図2のように、生じやすい小さい損(くじD)か、生じにくい大きな損(くじC)を選ぶ状況に直面すると、リスクを嫌う同じ私たちが自覚のないままに、より大きなリスク(くじC)を選んでしまいます。
しかし、よく考えればうまくないこうしたリスク選択の行動は、さまざまな状況で観察され、予想外の大きな損失につながることも少なくありません。卑近な例でいえば、小さな嘘(うそ)を積み重ねることで日常をやり過ごす多くの不正行動(粉飾決算、不倫)は、実は大きな損害のリスクを負担するリスク追求行動です。ほとんど確実に起きる副反応(小さな損)を嫌がってワクチンを打たない選択もまた、新型コロナ感染症への罹患(りかん)という大きなリスクを負担するリスク追求行動です。どれも意識せずに大きなリスクを選んでしまい、文字通り大きなリスクをはらんだ行動といえるでしょう。
2. 遅すぎる損切り、早すぎる利益確定売り-気質効果
利益局面と損失局面でリスク態度が正反対になる、こうした傾向は、株式市場での投資にも悪影響をもたらします。例えば、多くの投資家は、含み益が出た株は早めに売って利益を確定させる一方で、含み損の出た株はそれを売って、損切りすることがなかなかできません。値上がり株を売り急ぎ、値下がり株の損切りができないこうした傾向のことを、気質効果といいます(図3)。株式市場が大荒れしている昨今、気質効果によって傷口を広げている投資家の方も多いのではないでしょうか。
少し前の調査ではあるものの、カリフォルニア大学バークレー校のテランス・オディーンが、実際の個人投資家1万人の株式取引口座を調べたところ、含み益の出た株式銘柄の14.8%が1か月以内に売却されるのに対して、含み損が出た銘柄が1か月以内に損切りされた割合は9.8%に過ぎませんでした(参考:Odean, T., Are Investors Reluctantto Realizing Their Losses? , Journal of Finance 53, 1998年)。投資家たちは、それだけ利益確定を急ぎ、損切りを遅らせたことになります。
こうした気質効果は、利益局面と損失局面でリスク態度が逆転することに起因しています。値上がった株をいつ売るかというのが利益領域の問題であるのに対して、値下がり株の売却を考える場合は損失領域の問題になるからです。そのため、保有株が値上がると、投資家はリスク回避的にそれを早売りして利益を確定させようとします。ところが、値下がった株に対しては損切りせずに、株価が反転する方に賭けるというリスク追求行動を取ります。これが気質効果を引き起こします。
気質効果は、利益局面と損失局面で、自覚のないまま反対のリスク態度を取ってしまう投資家の非合理的な行動と考えられます。実際に、投資パフォーマンスは気質効果によって大きく損なわれる傾向があります。オディーンの前述の調査でも、気質効果によって損切りが遅れたり、利益確定売りが早すぎたりすることで、投資リターンが大幅に低くなっていることがデータで示されています。
日本の場合でも、同じような傾向が見られます。図4は、筆者が人間情報データベース2018年(NTTデータ経営研究所)の調査に参加して得たデータから作成したものです。ウェブによる調査回答者には、以下の各説明文に対して、「1:あてはまらない」~「5:よくあてはまる」の5段階で答えてもらいます。
・持っている商品が元本割れをすると、それをなかなか売れない
・持っている商品が値上がると、早めに売って利益を確定させる
その回答データから、回答者を気質効果「あり」と「なし」のグループに分けます。図4は、2つのグループで過去10年間の累積株式投資リターン(自己申告)を比べたものです。気質効果「あり」を示すグループは、それを示さない気質効果「なし」の合理性の高いグループに比べて、投資パフォーマンスが大きく劣っていることが分かります。
特に、個人投資家は、損切りを遅らせたり利益確定売りを急いだりするその行動が、大きな損失を発生させかねないことを自覚する必要があるといえます。
3. 枠組み次第でリスク態度が変わる-フレーミング効果
全10回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 速い思考と遅い思考
- 第2回 ヒューリスティックのわな(前編)
- 第3回 ヒューリスティックのわな(後編)
- 第4回 自滅選択のメカニズム
- 第5回 自滅を避けるには?
- 第6回 リスク下で起こしがちな行動(前編)
- 第7回 リスク下で起こしがちな行動(後編)
- 第8回 人はモノで動くか?
- 第9回 行動を良い方向にナッジする(前編)
- 第10回 行動を良い方向にナッジする(後編)