前回は、ヒューリスティックのわなについて解説しました。私たちの判断や選択は、直感的な認知処理によって歪(ゆが)められてしまいます。今回は、その応用編として、「さき」(将来)よりも「いま」(現在)を優先させてしまう自滅的な行動を取り上げます。キーワードは、現在バイアスと、自滅選択です。現在バイアスとは、いつも「さき」よりも「いま」が重要に見えてしまう認知バイアスのことです。
第4回「自滅選択のメカニズム」を解説していきます。
1. 「 目先」に引きずられる-現在バイアス
仕事を後回しにしてしまう、浪費ばかりで貯金できない、ダイエットや節酒、節煙が計画倒れになる、食べ過ぎる・・・。こうした、自分自身の不利益になる自滅的な選択をしてしまうのはなぜでしょうか?自滅選択の背後には、「さき」(将来)の利益を優先させようとするアリ的な自分と、「いま」(現在)の利益を優先させようとするキリギリス的な自分の対立があります。
第1回で紹介した2つの認知処理システムでいえば、直感処理のシステム1(速い思考)がキリギリス的な自分、熟慮処理のシステム2(遅い思考)がアリ的な自分です。このアリとキリギリスの二面性が、私たちの選択を矛盾のあるものにしています。
貯蓄や借金など経済選択の問題でも、ダイエットなど健康管理の問題でも、自滅的な行動というのは、突き詰めていえば、「早く得られる小さな利益」か「遅れてしかもらえない大きな利益」かという、異なった時点間での利益を選ぶ「時間軸上の選択」に特有の現象です。例えば、(A)1万円と、(B)1万50円のどちらを取るかと聞かれれば、どの人も金額の多い(B)を選びます。しかし、以下のような選択の場合はどうでしょう。
Q1:どちらを選びますか?
(A)今日の1万円(早くもらえる小さな利益)
(B)1か月後の1万50円(遅れてしかもらえない大きな利益)
すると、小さな利益(A)を選ぶ人が出てきます(図1)。こうして、利益発生のタイミングに差があって初めて、小さな利益(A)の選択が発生し、それが、この後紹介する理由によって自滅選択につながっていきます。
それではなぜ、(B)の大きな利益(1万50円)を選ばない人が出てくるのでしょうか? それは、その利益が遅れてしかもらえないために、割り引いてカウントされるからです。つまり、1か月後の1万50円(B)を1か月分割り引くと、価値が今日の1万円(A)よりも低くなってしまうような人が(A)を選ぶわけです。
このように、将来の価値を割り引く割引率のことを、経済学では時間割引率といいます。時間割引率が高い人ほど、大きく将来を割り引くという意味で、現在指向性の強い、せっかちな人だと判断できます。時間割引率は、いわばその人のせっかちさや忍耐力のなさを表すパラメータです。
私たちの自滅行動を理解するときにキーとなるのは、評価する利益や損失が間近になるほど、この時間割引率が高くなってしまうという傾向です。例えば、以下のQ2ではどちらを選ぶかを考えてみてください。
Q2:どちらを選びますか?
(A)1年後の1万円(早く得られる小さな利益)
(B)13か月後の1万50円(遅れてしかもらえない大きな利益)
Q1の場合と比べて、利益が得られるタイミングが、(A)も(B)も1年ずつ先にずれています。ただし、余分に1か月待つ(B)を選ぶことで、利益が50円増える点はQ1もQ2も同じです。ところが、Q1では(A)を選び、Q2では(B)を選ぶ人が多いことが知られています。
つまり、Q2のように遠い先の選択では、大きな利益を「待つ」(B)を選ぶ人が多い一方で、間近の利益を選ぶQ1のような選択では、「待たない」小さな利益(A)を選ぶ傾向があります。
例えば、2017年に人間情報データベース(NTTデータ経営研究所)のウェブ調査に参加して集めたデータ(サンプル16,703)では、13か月先の1万円であれば、平均13%の時間割引率で割り引かれたのに対して、1か月先という間近の1万円については平均16%もの時間割引率が観察されました。間近の利益に対して、それだけ現在指向性が強まっています。
このように、目先のことを考えるときの時間割引率が、遠い将来を考えるときの時間割引率よりも高くなる傾向のことを、現在バイアスといいます。つまり、間近の選択ほど現在優先のせっかちな選択をしてしまう傾向です。そして現在バイアスによって引き起こされる衝動的選択こそが、さまざまな自滅行動を引き起こす原因と考えられます。
2. 「 アリ」が計画し「キリギリス」が実行するという自滅
将来のことを考えて慎重に仕事や節制の計画を立てても、時間が経ってその計画を実行に移す段階になると、時間割引率が上がり、せっかちさが増します。図2に示すように、先のことを考えるときはシステム2がうまく機能して、アリのように計画します。しかし、実行段階になると、システム1が目前の利益に誘惑され、キリギリスのように衝動に走ります。結果、長期的な利益を考えた面倒な計画はドミノ式に先送りにされ、小さくてもすぐに手に入る利益がその都度優先されていきます。
例えば、明日には終わらせようと計画した仕事でも、翌日になれば目先の誘惑に負けて仕事を後回しにしてしまいます。こうした後回しや、先延ばしの行動は、現在バイアスがもたらす典型的な自滅行動です。
一般的にいえば、消費や貯蓄といった経済に関わる行動にしても、健康に関連する節制行動にしても、現在バイアスの下では、将来のために貯めること(蓄積)は後回しにされ、使うこと(消費)は前倒しにされます。仕事を済ませることは資産の蓄積です。また、義務の履行という意味では、債務の返済とも考えられます。逆に、映画を見たり、レジャーを楽しんだりすることは、広い意味での消費です。節煙やダイエットなどの節制は、健康資本の蓄積であるのに対して、好きなものを食べたり、喫煙したりすることは消費そのものです。
本稿の最初で述べた「二面性」とは、蓄積という長期的利益を目指す「アリ的な自分」と、消費という短期的利益を追求する「キリギリス的な自分」の二面性のことです。現在バイアス下の自滅選択とは、長期的な利益を目的とした蓄積を後回しにして、消費という短期的利益を前倒しにする行動なのです。
3. 自滅をもたらす現在バイアス
全10回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 速い思考と遅い思考
- 第2回 ヒューリスティックのわな(前編)
- 第3回 ヒューリスティックのわな(後編)
- 第4回 自滅選択のメカニズム
- 第5回 自滅を避けるには?
- 第6回 リスク下で起こしがちな行動(前編)
- 第7回 リスク下で起こしがちな行動(後編)
- 第8回 人はモノで動くか?
- 第9回 行動を良い方向にナッジする(前編)
- 第10回 行動を良い方向にナッジする(後編)