複雑系のシミュレーション|人工生命の基礎知識5

人工生命の基礎知識
著者:東京大学 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授 伊庭 斉志

前回は、群知能と魚・鳥の群れについて解説しました。今回は、複雑系のシミュレーションを取り上げます。人工生命の一手法として、セルラ・オートマトンを用いたシミュレーションは、さまざまな分野で応用されています。例えば、ライフサイエンス(遺伝、免疫、生態形成)、渋滞予測(シリコン交通)、災害(原油流出事故による海洋汚染、森林火災)、材料・製造分野、フラクタル形成などの分野です。セルラ・オートマトンは、相転移(同じ物質であっても、その物のおかれた環境に応じて物の様態が変わる現象)における臨界現象を観察するための有効な手段とされています。

第5回「複雑系のシミュレーション」を解説していきます。

基礎知識DL

1. セルラ・オートマトン

セルラ・オートマトン(CA:Cellular Automaton)とは、格子状に配置されたセルに対して、単純な規則を定義した計算モデルのことです。通常、互いに隣接しているセルが、それぞれある状態を持ちます。あるセルの状態は、隣接しているセルの状態を元に変化していきます。代表例としては、2次元空間上でのライフゲームがあります。

1次元でのライフゲームは、最も簡単なセルラ・オートマトンの例です。ただし、隣接しているセルの状態を元に変化するルールとしてさまざまな規則が考えられます。ウルフラムは、これらのルールを適用した場合に、どのようなパターンが生じるかを系統的に研究しました。その結果、1次元CAにより生じるパターンを次の4つのクラスに分類しました(図1)。この図は横軸が1つのCAであり、規則により変化した状態が縦軸に時間発展するようになっています。

CAの分類
図1:CAの分類

クラス1:
全てのセルの状態は均一となり、初期に持っていたパターンが消える。例えば、白、または黒の1色となる

クラス2:
しま模様のように変化しないパターンや、周期的に繰り返すパターンに落ち着く

クラス3:
非周期的でカオス的な振る舞いをするパターンが現れる

クラス4:
パターンが消えたり、非周期的、あるいは周期的なパターンとなったりして、予期できない複雑な振る舞いをする

ここで興味深いのは、クラス4のパターンです。クラス4のパターンは次のような特徴を備えていて、多くの研究者や愛好家の興味の的となっています。

一般に、クラス4は、かつてナチス・ドイツのエニグマ(暗号機)を解読したチューリング・マシンとほぼ同等の複雑性を示すことが分かっています。これは、ルールと初期状態が与えられたとしても、発展過程を予言(計算)する関数はないということです。発展の状態を調べたいなら、具体的に1世代ずつシミュレートするしかありません。そのため、予測は不可能であり、形式的に決定不可能となります。従って、計算論的に不可逆な過程であることが分かります。

このようなCAの振る舞いから、「カオスの縁」という概念がカウフマンとパッカードにより提唱されました。これは、周期的構造と非周期的なカオス構造の繰り返しを行うようなクラス4のパターンです。人工生命では、「生命はカオスの縁から生まれた」という仮説があります。

2. チューリング・モデルと生態学

人工知能や計算理論で有名なアラン・チューリングは、生物の紋様や形態形成についても研究しました。形態形成のことをMorphogenesisといいます。ここでmorphoとは形態、genesisは形成の意味です。チューリングは、モルフォゲン(Morophogen)という仮想的な化学物質の反応と拡散によって生物の形態形成が説明できるとし、以下で述べるようなモデルを提案しました。

チューリング・モデルは、阻害物質の時間変化が活性化物質より遅く、阻害物質の拡散が活性化物質よりも速いなら、定常的なパターンが生じるというものです。つまり、2つの化学物質が、互いの合成をコントロールし合うとき、その物質の濃度分布は均一にならず、濃い部分と薄い部分が空間に繰り返しパターン(反応拡散波)を作って安定します。

この反応・拡散は、CAのルールとして記述できます。これは、貝殻や動物の毛皮の紋様のようなものを再現するための1次元CAです。

よく知られている貝殻の紋様が、CAにより再現できることが分かりました(図2)。

貝の模様とチューリング・モデル
図2:貝の模様とチューリング・モデル

チューリング・モデルをシミュレートすると、パラメータを変えるだけでさまざまな繰り返しパターンを作り出せます。それを利用し、パターンの時間変化を実現することができます。例えば、ある魚では年齢により紋様が異なります。図3は、タテジマキンチャクダイの幼魚と成魚です。大人と子供で大きく異なる模様が進化したのは、同種のライバルと見なして、自分の子供を襲わないためという説もあります。

タテジマキンチャクダイとオウギチョウチョウウオの紋様の変化
図3:タテジマキンチャクダイとオウギチョウチョウウオの紋様の変化

動物は成長によってサイズが大きくなります。均等に皮膚面積が広がると仮定すると、模様もそのまま大きくなるはずです。一方、模様がチューリング・モデルによる「波」であるなら、間隔を保つため、パターンの再構成が起きるでしょう。

最近の研究では、タテジマキンチャクダイのしま模様の枝分かれが、チューリング・モデルから予測される変化と同じであることが実証されました。つまり、模様が波だと仮定すると、枝分かれのような特異点は不安定なので、特徴的な変化が起きます。その結果、縦じまの本数が分岐により増加することも分かりました。さらに、しま模様が体表に沿って移動し、規則的なパターンに転移が出現したり、消失したりするという予測も実測されました。

3. 渋滞学とシリコン・トラフィック

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全6回で下記の内容を解説しています。

  • 第1回 人工生命とは
  • 第2回 進化と創造性
  • 第3回 メタヒューリスティクスとアリ
  • 第4回 群知能と魚・鳥の群れ
  • 第5回 複雑系のシミュレーション
  • 第6回 生命を創る

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