
前回までは、負帰還増幅回路、発振回路などの電子回路を紹介しました。それらの回路の内部には、いずれも増幅回路が含まれています。この増幅回路を実現する回路素子が、トランジスタです。トランジスタは、電子回路や集積回路を構成する非常に重要な素子です。今回は、現在最も広く用いられるバイポーラトランジスタとMOSFETについて解説します。
第5回「トランジスタ」を解説していきます。
第5回もくじ
1. トランジスタに必要な特性
トランジスタとは、どのような特性を持つ素子でしょうか。教科書などでは、トランジスタは増幅やスイッチングに用いられる半導体素子と説明されているものの、実はトランジスタには明確な定義がありません。トランジスタの構造は1種類だけではなく、現在はバイポーラトランジスタとMOSFETの2つが広く用いられています。これらは、全く異なるものに思われるかもしれません。しかし、増幅やスイッチングを実現するための共通の特性を有しています。
スイッチングは、スイッチで実現できます。スイッチとは、端子間の抵抗が小さい(理想的には0Ω)オン状態と、端子間の抵抗が大きい(理想的には無限大)オフ状態の2つの状態を有し、それらの状態を外部から切り換えることができる素子です。図1に、横軸をスイッチの両端の電圧、縦軸を電流とした理想的なスイッチの電圧と電流の関係を表します。

スイッチがオンのときはスイッチの抵抗値は0Ωであるため、両端の電圧は電流にかかわらず0V(赤線)となり、スイッチがオフのときはスイッチの抵抗値は無限大であるため、スイッチを流れる電流は電圧にかかわらず0A(青線)となります。
通常のスイッチは、外部からの力によりオン状態とオフ状態を機械的に切り替えます。一方、トランジスタは電気信号で切り替えを行います。このため、トランジスタはスイッチ両端の2端子に制御端子を加えた、計3端子の素子となります。
次に、図2に示す回路から、増幅について考えましょう。端子aと端子bの間のスイッチ(トランジスタ)は、端子cの電圧でスイッチの状態が制御されます。

この出力電圧をv out とすると
v out =V CC -R L I
となります。ここでIは抵抗とスイッチに流れる電流です。スイッチをオンとオフの中間の状態で用いると、Iは制御端子の電圧v in で制御できます。電流が制御電圧に比例しI=Gv in (オフセット電流を含むI=Gv in +I 0 でもよい)であるとき、
v out =V CC -GR L v n
となります。制御端子の電圧v in を入力電圧とすると、出力電圧は入力電圧に比例した成分と直流成分からなることが分かります。上記式より、出力電圧の第2項は入力電圧の-GR L 倍なので、|GR L |が1以上あるとき、出力電圧の振幅は入力電圧より大きくなります。この時、マイナスは電圧の変化の向きが入力と出力で逆であることを意味しています。これが、増幅の原理です。この回路を実現するためのトランジスタに求められる特性は、電流Iが制御端子の電圧のみにより決まるということです。つまり、トランジスタを流れる電流が出力端子の電圧に依存しないことが必要になります。この関係を、図1と同じように電圧と電流のグラフとして表すと、図3になります。これは、制御端子の電圧v in を変えた時の、複数の特性を示しています。電流が制御端子の電圧のみで決まり、出力端子の電圧が変化しても変化しないこと。それが、トランジスタを増幅回路に用いる際に望まれる特性です。

図1と図3を比べると、スイッチングと増幅では必要な電圧と電流の間の関係が異なることが分かります。トランジスタは、使用目的に応じて図1と図3の両方、またはいずれかの特性を有することが望まれるのです。次に、バイポーラトランジスタとMOSFET、それぞれの特徴について具体的に説明します。
2. バイポーラトランジスタ
バイポーラトランジスタは、最も古くから用いられているトランジスタです。現在も、個別部品では多く用いられています。バイポーラトランジスタの構造と動作原理を理解するために、半導体について簡単に復習しましょう。半導体とは、導体と絶縁体の中間の性質を持つ物質であり、代表的なものがシリコンです。
半導体には、n型半導体とp型半導体があります。n型半導体は、シリコンに5価のリンやヒ素をわずかに加えられ、結晶中に自由電子(自由に動くことができる電子)が多く存在する半導体です。また、p型半導体は、シリコンに3価のボロンを加えられ、結晶中に正孔(電子が移動した後の孔)が多く存在する半導体です。そして、同一の結晶中に、p型半導体とn型半導体が隣接した構成をpn接合と呼びます。pn接合には、さまざまな興味深い特性があります。
その1つが、整流性です。pn接合のp型半導体側にプラス、n型半導体側にマイナスの直流電圧(順方向バイアス)を加えると、大きな電流が流れます。一方、逆の電圧(逆方向バイアス)を加えたときには、電流は流れません。これは、順方向バイアスが各半導体中の多数キャリア(自由電子と正孔をあわせたもの)の移動を促す向きの電圧であり、逆方向バイアスは少数キャリアの移動を促す向きの電圧だからです。p型半導体、およびn型半導体の中の少数キャリアは、多数キャリアに比べて非常に少ないため、逆方向バイアスを加えてもほとんど電流は流れません。pn接合は、一方向にのみ電流を流すダイオードとして利用されます(図4)。このpn接合ダイオードの順方向電圧と流れる電流の間には指数関数の関係があり、電子回路で用いられるレベルの電流を流すとき、順方向電圧は0.7V程度となります。

バイポーラトランジスタは、図5に示すように、p型半導体とn型半導体のサンドイッチ構造をしています。p型半導体をn型半導体で挟んだトランジスタをnpnトランジスタ、逆構造のトランジスタをpnpトランジスタと呼びます。図5に、それぞれの回路図記号を示します。バイポーラトランジスタは3端子素子であり、各端子の名称は、コレクタ、エミッタ、ベースです。

図6に、バイポーラトランジスタの動作原理を示します。バイポーラトランジスタのベース・エミッタ間はpn接合ダイオードであるため、順方向バイアスを加えると、自由電子がエミッタからベース領域に流れ込みます。電子は負の電荷を持つため、電流の向きと電子の移動の向きは逆になります。

一方、ベースからコレクタ間には逆方向電圧を加えます。ベース領域はp型半導体のため、エミッタから流れ込んだ自由電子はベース領域の少数キャリアに相当します。逆バイアスされたベース・コレクタ間の電圧は、自由電子のコレクタ側への移動を促す向きの電圧です。このため、エミッタから移動した自由電子のほとんどは、コレクタ領域に到達します。
バイポーラトランジスタでは、ベース領域の厚さを薄くし、ベースの正孔を少なくするなど製造上の工夫をした結果、ベース領域に移動した自由電子のほとんど(99%以上)はコレクタ領域まで到達します。バイポーラトランジスタのベース電流とコレクタ電流の比は、エミッタ接地電流増幅率(h fe )としてデータシートに記載されており、通常200 ~ 500倍程度です。エミッタからベース領域に流れ込む自由電子の数はベース・エミッタ間電圧で決まるため、バイポーラトランジスタは、エミッタとコレクタ間の導通をベース・エミッタ間電圧によって制御できるスイッチとして用いることができます。また、コレクタ電流はベース・エミッタ間電圧で決まるため、増幅回路を実現するための条件も満たします。
バイポーラトランジスタの、コレクタ・エミッタ間電圧とコレクタ電流の関係を、図7に示します。図7と図2の比較から、バイポーラトランジスタがスイッチとして動作できることが分かります。一方、図7には、図3のように増幅回路として動作可能な領域も存在しています。

npnトランジスタは、コレクタからエミッタに電流を流す素子であるのに対して、pnpトランジスタは、エミッタからコレクタに電流を流す素子です。npnトランジスタとpnpトランジスタは、電流および電圧の向きが逆であることを除いて動作原理は同一です。動作速度などの特性については、自由電子が主なキャリアのnpnトランジスタの方が優れています。
3. MOSFET
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 アナログ電子回路とは
- 第2回 演算増幅器
- 第3回 負帰還増幅回路
- 第4回 発振回路
- 第5回 トランジスタ
- 第6回 トランジスタを用いた増幅回路