真空とは?|真空の基礎知識1

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2024.10.29

基礎知識

真空とは?|真空の基礎知識1

真空の基礎知識

 
著者:大阪市立大学大学院 工学研究科 准教授 福田 常男

真空とは、通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態です。私たちの身の回りの製品には、真空を応用した技術が用いられています。真空技術という言葉にピンと来なくても、食料品、医薬品、冷蔵庫やテレビなどの家電製品、コンピューターやスマホなどの電子機器、自動車や船舶、インフラなど、多岐にわたる分野で使われています。本連載では、多くの産業技術の基盤となる真空技術の基礎知識を解説します。

第1回「真空とは?」を解説していきます。

 

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1. 真空とは?

真空技術の概論に入る前に、まず真空とは何かを定義しておきましょう。文字通りの真空は、真に空、つまり何もないことを意味します。工業的に真空とは、通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態です(JIS Z 8126-1 真空技術- 用語- 第1 部:一般用語、ISO3529-1 Vacuum technology-Vocabulary-Part 1: General terms)。つまり、私たちが生活している大気より低い圧力の空間は、真空です。

工業的な真空を作り出すには、真空を保持するための容器(真空容器)と、容器中の空気を排気する真空ポンプが必要です。真空容器は、真空槽や真空チャンバーとも呼ばれます。この場合、真空容器の中に残っているガスの振る舞い(気体分子運動論)を知る必要があります。真空ポンプ、真空容器、気体分子運動論を合わせて、真空の3要素といいます。真空容器中のガスの圧力や成分を知るために必要な真空計測も含め、真空の4要素という場合もあります(図1)。

真空技術の4要素
図1:真空技術の4要素

JISやISOによる真空の定義には、重要な用語が含まれています。まず、圧力とは、単位面積当たりの力を意味し、1m2に1Nの力が作用するときの圧力は、1Paと定義されています。すなわち、1Pa=1N・m-2です。

大気圧は場所や時間で変動するため、標準的な大気圧(標準気圧)が定められています。1気圧(1atm)は101,325Paです。JISやISOが定義する真空は、標準気圧より低い圧力ではなく、容器で隔てられた空間内の圧力が周囲の環境より低い圧力になった状態を指します。1Nは約100g重に相当するので、大気圧は1cm2当たり約1kg重の力になります。つまり、真空容器には、大気側から最大約1kg重・cm-2の力が働いていることになります。

Pa以外にも、さまざまな圧力の単位があります。トル(Torr)は水銀柱の高さに由来し、1atm=760Torr、Paに換算すると1Torr=133.3Paです。欧州ではミリバール(mbar)が多く使われています。大気圧は1バール(bar)なので、1mbar=1,013.25Paです。また、北米では、psi(pound-force per square inch)が使われることがあります。1psi=6,895Paです。なお、日本では、計量法により、医療関係を除いたほとんどの産業分野において、Paが使われています。

2. 真空の分類と産業応用

真空工学の分野では、圧力領域によって真空を、低真空、中真空、高真空、超高真空、極高真空に分類しています(図2)。

圧力領域による真空の分類(JIS Z 8126 真空技術-用語-第1部:一般用語)
図2:圧力領域による真空の分類(JIS Z 8126 真空技術-用語-第1部:一般用語)

低真空領域では、真空は、主に大気圧との圧力差を用いた力学的な用途で用いられます。例えば、工場で製品を搬送するときに製品を持ち上げる真空チャックがあります。船舶などから粉体の積み下ろしには、掃除機を大型化したバキュームアンローダーが用いられています。身近な例では、卵パックなどを成形する真空成型技術があります。これは、加熱したPETフィルムを真空の圧力差を使って力を生み出し、変形させるものです。このように、製品を吸引したり、変形させる場合、真空と大気の圧力差の限界値は、約105Paです。従って、搬送する製品の重量に応じて、真空チャックのパッドの大きさを設計する必要があります。

また、低真空領域では、物質輸送、特に水分の除去に真空が用いられます。図3は、水の状態図です。図3の矢印のように、室温の水(点P)の圧力を下げていくと、水は蒸発して、気体(水蒸気)になります。そのため、水分を含んだ物を真空中に置くと乾燥します。これが真空乾燥です。インスタントみそ汁や、カップ麺の具材の製造に用いられています。また、真空に物を入れると蒸発熱を奪うため、物が乾燥するのと同時に温度が下がります。これを積極的に用いたのが、真空凍結乾燥やチルド食品です。インスタントコーヒーの製造や、食品などの急速冷却に用いられています。特に葉野菜は、真空冷却によって鮮度が長持ちすることが知られています。変わった用途としては、勾配のある道路にコンクリートを敷きならす際、真空ポンプで余剰の水分を急速に蒸発させます。これにより、コンクリートが流れてしまうのを防ぎます。

水の状態図
図3:水の状態図

中真空・高真空領域では、圧力が低くなるほど熱伝導率が小さくなります。真空による熱伝導の低下を利用したものに、魔法瓶や冷蔵庫などの真空断熱材があります。代表例は、二重にした窓ガラスの間を真空にして断熱する真空断熱窓です。また、高真空では平均自由行程が長くなるため、蒸発した分子は真空中の残留ガスと衝突することがほとんどありません。このような圧力領域は、薄膜作製に用いられます。例えば、ポテトチップスなどの袋には、食品の酸化を防ぐ目的で、アルミニウムをコーティングしたポリエチレンが用いられます。アルミニウムのコーティングは高真空領域で行われます。

超高真空になると、ガス分子同士はほとんど衝突しません。真空容器の壁に衝突する分子も少なくなります。このような圧力領域では、表面に原子が吸着しないため、表面分析などに用いられます。このように、真空技術はあらゆる産業の基盤技術であり、果実のなる木のように産業を支えています(図4)。

真空技術の木(引用:真空技術基礎講習会運営委員会編、わかりやすい真空技術(第3版)、日刊工業新聞社、2010年、P.242)
図4:真空技術の木(引用:真空技術基礎講習会運営委員会編、わかりやすい真空技術(第3版)、日刊工業新聞社、2010年、P.242)
 

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3. 気体分子運動論の基礎

真空は何もない空間ではなく、気体(ガス)が残存している状態です。残存した気体は希薄気体と呼ばれ、真空を考えるには、稀薄気体の性質を知る必要があります。真空工学では、希薄気体の粘性や熱伝導、拡散を取り扱います。これは、移動現象論、または輸送現象と呼ばれる化学工学の一分野です。

真空工学では、気体分子を粘性流体(連続体)として扱うか、個々の分子の独立した輸送として扱うかによって、現象が異なります。その違いを決める指標が、クヌーセン数 Kn と呼ばれる無次元量です。Dを真空配管や真空容器の内部の直径などの代表的な径(単位:m)、λを平均自由行程(気体分子が互いに衝突するまでに走行する平均的な距離、単位:m)とすると、Kn=λ/Dで表すことができます。平均自由行程は、圧力pに反比例します。例えば20℃の空気の場合、λ=(6.5×10-3)⁄pです。図5は、平均自由行程λの圧力依存性を示したグラフです。

圧力による平均自由行程の変化(20℃の空気の場合)
図5:圧力による平均自由行程の変化(20℃の空気の場合)

真空工学では、大気中の気体成分の存在比を加味して、仮想的に空気分子を考えます。仮想的な空気分子で考えることで、計算が簡単になります。圧力1Paにおける空気の平均自由行程λは、約6.5mmであることを覚えておくと便利です。

また、クヌーセン数 Knの大きさによってガスの性質が異なります。Kn<0.01は粘性流領域と呼ばれ、ガス分子を流体として取り扱います。Kn>10は分子流領域と呼ばれ、ガスの性質は個々のガス分子の独立した運動の総和で表されます。0.01<Kn<10は中間流領域と呼ばれ、分子流・粘性流両方の影響により輸送現象が複雑になります。このようなクヌーセン数による分類は、真空ポンプや真空計を選択する際に重要になります。

いかがでしたか? 今回は、真空の特徴と産業への応用、また、気体分子運動論について紹介しました。次回は、低・中真空の作り方を解説します。お楽しみに!

全6回で下記の内容を解説しています。

  • 第1回 真空とは?
  • 第2回 低・中真空の作り方
  • 第3回 高真空・超高真空の作り方
  • 第4回 真空の測定方法
  • 第5回 真空用材料と部品
  • 第6回 真空機器の取り扱い・保守

第2回~第6回の続きはこちらより資料をご覧ください!

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