
スマートフォンやスマートスピーカなど、最新のデジタル機器におけるアナログ電子回路の役割とは何でしょうか。アナログという言葉に、古臭さや懐古主義的な印象を抱くという意見も多いかもしれません。しかし、アナログ電子回路は、人間が生活する実世界と、人工知能が活躍するサイバー空間をつなぐ重要な役割を果たします。本連載では、全6回にわたりアナログ電子回路の基礎知識を解説します。第1回は、アナログ電子回路が活躍する場面について取り上げます。
第1回「アナログ電子回路とは」を解説していきます。
第1回もくじ
1. アナログ電子回路の役割
アナログ電子回路は、アナログ信号を扱う電子回路です。そこで、まずアナログ信号とデジタル信号について説明します。アナログ信号とは、図1左側に示すように、値が連続的に変化する信号のことです。温度、光(画像)、音(音楽)など、自然界に存在し人間が認識できる信号は、全てアナログ信号です。これに対し、デジタル信号は、図1右側のように値がとびとびに変化します。縦軸方向にとびとびな信号を「離散的な信号」、横軸(時間軸)方向にとびとびな信号を「標本化された信号」と呼びます。
つまり、デジタル信号は目的の信号を標本化した、離散的な信号です。通常、電子回路中のデジタル信号は、2進数(0と1)で表されます。これは、1と0を電圧の「高い」と「低い」に割り当てることで、デジタル信号を電子回路中で扱いやすくするためです。

デジタル信号は雑音に強く、記録が容易です。また、デジタル信号を扱う回路は、アナログ電子回路に比べて小型・低消費電力で、高速に動作することができます。そのため、現代の多くの機器はデジタル信号を扱います。このように優れた特徴を持つデジタル信号を扱う機器(デジタル機器)において、アナログ電子回路の役割とは何でしょうか。スマートフォンで動画を再生する場合を例とし、デジタル機器におけるアナログ電子回路の役割を考えます。
・スマートフォンで動画を再生
スマートフォンで動画を再生するときの信号の流れを示します(図2)。インターネット上に保存されている動画データは、基地局から電波に乗せられてスマートフォンに送信されます。このとき、動画のデータはデジタル信号である一方、そのデータを運ぶ電波はアナログ信号です。そのため、アナログ信号である受信信号は、まずアナログ電子回路に入力されます。
アナログ電子回路は、受信信号の増幅や周波数の変換などを行い、最終的にデジタル信号に変換します。このデジタル信号をプロセッサで処理して、動画のデータを得ます。しかし、残念ながら、私たち人間はデジタル信号で表現された動画を直接理解することができません。そこで、スマートフォンは動画のデジタルデータをアナログ信号に変換し、ディスプレイに出力します。このとき、ディスプレイなどの出力装置を駆動する電子回路も、アナログ電子回路です。

スマートフォンは、デジタル信号を扱います。しかし、スマートフォンに入る入力信号と出力される出力信号はアナログ信号であるため、アナログ電子回路が必要になります。アナログ電子回路は、デジタル機器が外界と信号のやり取りする際の仲介の役割を果たしていることが分かります。現在、さまざまな信号を取得し、人工知能などで解析して活用する試みが行われています。ここでは例として、スマート農業を考えましょう(図3)。
・スマート農業
スマート農業とは、農場に温度、湿度、土中水分などのセンサを配置し、農作物に必要な作業の通知や、作業の自動化を行う新しい農業です。得られたデータから適切な作業内容を決定する際に、人工知能が活用されます。ここでも、各種センサが監視する温度、湿度、土中水分量はアナログ信号であり、これらのセンサから得られる信号もアナログ信号です。そのため、センサの出力はアナログ電子回路で処理された後、デジタル信号に変換されます。デジタル信号は、マイコン(マイクロコントローラ)などで処理された後にインターネット上のサーバに無線で送信されます。この通信も、アナログ電子回路により実現されます。このように、アナログ電子回路は、人工知能を活用した社会の実現にも重要な役割を果たしています。

2. アナログ電子回路の種類と機能
アナログ電子回路には、どのような機能があるのでしょうか。図2の例で用いられるアナログ電子回路の名称と、その機能を整理してみましょう。このアナログ電子回路をより詳細にした図が、図4です(処理の概要をつかむことが目的であるため、厳密ではありません)。

まず、アンテナから受信された微小な受信信号は、増幅回路で増幅されます。無線通信では受信信号が高周波かつ微小であるため低雑音増幅回路(LNA:Low Noise Amplifier)が用いられます。増幅とは、電圧や電力などの信号の振幅を大きくする処理です。増幅はアナログ電子回路の最も基本的な機能です。増幅された信号はミキサ(乗算器)により周波数変換された後、フィルタにより不要な信号が除去されます。
その後、周波数変換されたアナログ信号は、アナログ・デジタル変換器(AD変換器、ADC:Analog Digital Converter)によりデジタル信号に変換されます。周波数変換やアナログ・デジタル変換にはクロックと呼ばれる動作の基準となる信号が用いられます。このクロックを生成する回路が発振回路です。電圧制御発振回路(VCO)をフェーズロックループ(PLL)構成して用いることが一般的です。こうしてADCを経て変換されたデジタル信号は、デジタル電子回路に流れます。
そして、デジタル電子回路にてソフトウェアにより処理されたデジタル信号は、デジタル・アナログ変換器(DA変換器、DAC:Digital AnalogConverter)により、再びアナログ信号に変換されます。DAC回路は大きな電力を出力できないため、ディスプレイなどの出力装置を直接駆動することは不可能です。そこで、パワーアンプやドライバと呼ばれる増幅回路により、信号を増幅し出力装置を駆動します。
スマートフォンなどの場合、出力の形態もさまざまであるため、各出力装置に適応したアナログ電子回路が用いられます。また、アナログ集積回路、およびデジタル集積回路の各回路ブロックに適切な電力を提供する電源回路(図4では省略)も、重要なアナログ電子回路です。代表的なアナログ電子回路の名称と機能を、表1にまとめます。

3. アナログ電子回路の実際
アナログ電子回路は、抵抗、コンデンサ、コイルなどの受動素子と、ダイオードやトランジスタなどの半導体素子を組み合わせた回路でできています。しかし、アナログ電子回路を受動素子やトランジスタなどの個別部品で一から設計することは、一般的ではありません。多くのアナログ電子回路は、増幅回路や発振回路などの回路ブロックごとに、集積回路として提供されます。現代の装置では、これらを上手に活用して装置の小型化・高性能化を実現しています。その場合でも、アナログ集積回路の性能を引き出すためには、集積回路の内部の構成、および動作を十分に理解することが必要です。
アナログ電子回路の知識があれば、アナログ集積回路にトランジスタなどの素子を追加し、集積回路単体では実現できない性能を実現することも可能です。一方、無線通信回路やセンサなどでは、周辺回路のアナログ電子回路と、その制御を行うデジタル回路をアンテナやセンサに一体化したモジュールが開発されています。これらのモジュールには、マイコンなどのデジタル回路を直接接続できるものもあります。その場合、使用者はアナログ電子回路をあまり意識せず使用することができます。しかし、適切な使用のためには、内部にあるアナログ電子回路の構成と機能を知ることが大切です。もちろん、モジュールを設計するためには、アナログ電子回路の知識が必要となることは、いうまでもありません。
いかがでしたか? 今回は、アナログ電子回路について、その役割と種類、機能などについて説明しました。次回は、最も基本的なアナログ電子回路である増幅回路について解説します。お楽しみに!
全6回で下記の内容を解説しています。
- 第1回 アナログ電子回路とは
- 第2回 演算増幅器
- 第3回 負帰還増幅回路
- 第4回 発振回路
- 第5回 トランジスタ
- 第6回 トランジスタを用いた増幅回路